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番外編
22、おかえりなさい【2】
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散歩から帰ってきたエルヴィンさまとカーリンを見て、わたしは息が止まるかと思いました。
だってエルヴィンさまはずぶ濡れで。ええ、髪もですよ。
カーリンは、多分自分では気づいていないでしょうが。靴が片方ないんです。しかも靴下は半ば脱げかけていて。
リタさんが髪を梳いてくれているはずなのに。ぼさぼさ頭です。
「あのね、お父さますごいのよ。みずうみのうえをとんだの」
「湖の上を?」
「そうなの。カーリンもとんだのよ」
紫色の目をきらきらさせながら、カーリンはエルヴィンさまの肩の上から身を乗り出して、まくし立てます。
きっと大冒険をしたのでしょう。
でも、何が何やら。娘の説明ではさっぱりです。
「ごめんなさい、カーリン。何を言っているのか、お母さまには理解が出来ないのだけれど」
「だから、びゅーんって。それでね、かしこいクマちゃんがカーリンを、がしってしたの」
びゅーん? がしっ?
賢いクマちゃんって、エルヴィンさまの部下でいらっしゃるフォンスさんですよね。
もしかしてうちの子は、フォンスさんに多大なご迷惑をかけてしまったのかもしれません。
「カーリン、お前な。フォンスを毛嫌いしてたじゃないか」
「してないもん。クマちゃんよりも、お父さまのほうがすきなだけだもん」
「……好き」
肩車をしたカーリンに顔を覗きこまれて、エルヴィンさまは視線を娘から外しています。大きな手で口許を覆って、なにやら照れていらっしゃるご様子。
「済まない、カーリン。もう一度言ってくれないか?」
「かしこいクマちゃんがカーリンを、がしってしたの」
「……戻りすぎだ」
濡れたシャツの張りついた肩を落としたエルヴィンさまを見て、わたしは「ふふっ」と笑ってしまいました。
大丈夫ですよ、エルヴィンさま。カーリンはあなたのことが大好きなんですもの。
きっとこれからも、何度でも言ってくれますよ。
「エルヴィンさまは、可愛くていらっしゃいますね」
「は? えっ?」
わたしの言葉に、エルヴィンさまの頬は朱に染まりました。
不愛想で見た目は怖いエルヴィンさま。
結婚して間もない頃も、わたしは「可愛い」と言った記憶があります。
あの時も、あなたは顔を赤くして。同じように口許を手で覆っていらっしゃったの。
「二人ともお風呂に入っていらっしゃい」
「はぁい。カーリンね、おかあさまとはいるー」
わたしよりも高い位置から手を伸ばしてくるカーリン。そんな娘を受け止めようとすると、エルヴィンさまが急に背中を向けたんです。
「あー、カーリン。今日は父さんと入ろうな」
「なんでぇ。カーリンはおかあさまのほうがいいの」
「……お前、本当は俺の順位は随分と下だろ」
「じゅんいってなぁに?」
カーリンを抱っこするために手を差し出したわたしは、はっとしました。
そうでした。
今、カーリンに素肌を見せたら。とてつもなく心配される状態でした。
昨夜のことが思い出されて、かぁぁっと顔が熱くなります。
「お父さま、やだ。お母さまがいいの!」
「どうしてそんなつれないことを言うんだ。カーリン、父さんのことが嫌いなのか」
おろおろとなさるエルヴィンさまが、やはり健気で愛らしくて。
でも、これは他の人は知らないの。
わたしだけの秘密なんです。
だってエルヴィンさまはずぶ濡れで。ええ、髪もですよ。
カーリンは、多分自分では気づいていないでしょうが。靴が片方ないんです。しかも靴下は半ば脱げかけていて。
リタさんが髪を梳いてくれているはずなのに。ぼさぼさ頭です。
「あのね、お父さますごいのよ。みずうみのうえをとんだの」
「湖の上を?」
「そうなの。カーリンもとんだのよ」
紫色の目をきらきらさせながら、カーリンはエルヴィンさまの肩の上から身を乗り出して、まくし立てます。
きっと大冒険をしたのでしょう。
でも、何が何やら。娘の説明ではさっぱりです。
「ごめんなさい、カーリン。何を言っているのか、お母さまには理解が出来ないのだけれど」
「だから、びゅーんって。それでね、かしこいクマちゃんがカーリンを、がしってしたの」
びゅーん? がしっ?
賢いクマちゃんって、エルヴィンさまの部下でいらっしゃるフォンスさんですよね。
もしかしてうちの子は、フォンスさんに多大なご迷惑をかけてしまったのかもしれません。
「カーリン、お前な。フォンスを毛嫌いしてたじゃないか」
「してないもん。クマちゃんよりも、お父さまのほうがすきなだけだもん」
「……好き」
肩車をしたカーリンに顔を覗きこまれて、エルヴィンさまは視線を娘から外しています。大きな手で口許を覆って、なにやら照れていらっしゃるご様子。
「済まない、カーリン。もう一度言ってくれないか?」
「かしこいクマちゃんがカーリンを、がしってしたの」
「……戻りすぎだ」
濡れたシャツの張りついた肩を落としたエルヴィンさまを見て、わたしは「ふふっ」と笑ってしまいました。
大丈夫ですよ、エルヴィンさま。カーリンはあなたのことが大好きなんですもの。
きっとこれからも、何度でも言ってくれますよ。
「エルヴィンさまは、可愛くていらっしゃいますね」
「は? えっ?」
わたしの言葉に、エルヴィンさまの頬は朱に染まりました。
不愛想で見た目は怖いエルヴィンさま。
結婚して間もない頃も、わたしは「可愛い」と言った記憶があります。
あの時も、あなたは顔を赤くして。同じように口許を手で覆っていらっしゃったの。
「二人ともお風呂に入っていらっしゃい」
「はぁい。カーリンね、おかあさまとはいるー」
わたしよりも高い位置から手を伸ばしてくるカーリン。そんな娘を受け止めようとすると、エルヴィンさまが急に背中を向けたんです。
「あー、カーリン。今日は父さんと入ろうな」
「なんでぇ。カーリンはおかあさまのほうがいいの」
「……お前、本当は俺の順位は随分と下だろ」
「じゅんいってなぁに?」
カーリンを抱っこするために手を差し出したわたしは、はっとしました。
そうでした。
今、カーリンに素肌を見せたら。とてつもなく心配される状態でした。
昨夜のことが思い出されて、かぁぁっと顔が熱くなります。
「お父さま、やだ。お母さまがいいの!」
「どうしてそんなつれないことを言うんだ。カーリン、父さんのことが嫌いなのか」
おろおろとなさるエルヴィンさまが、やはり健気で愛らしくて。
でも、これは他の人は知らないの。
わたしだけの秘密なんです。
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