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番外編
21、おかえりなさい【1】
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ずぶ濡れの俺は、なんだか湿っているカーリンを肩車しながら帰路についた。
抱っこするよりも、この方がカーリンが濡れないからだ。
結局、腰から下も水に濡れてしまったフォンスは、そのまま家に戻った。
申し訳ないことをした。
せっかくの長期休暇の初日に、うちの娘の暴走に巻き込んでしまって。
「お父さまぁ、高いねぇ」
「うん、高いな」
「カーリンが一番高いよ」
うん。道行く人が全員、俺たちを振り返って見ているよな。君は、好奇の視線を気にしないんだな。たくましくて結構だ。
カーリンはとても楽しいようで、両腕を空に向かって伸ばし、てのひらや指を大きく開いている。
「おひさまが、あったかいの」
はいはい。良かったね。
まだ散歩に出てから、さほども時間が経っていない。レナーテに気づかれたら、きっと心配するだろう。
カーリンが湖に落ちそうになったなどと言ったら、卒倒するかもしれない。
「いいか、カーリン。お母さまに見つからないように、そーっと家に入るんだぞ」
「どうして?」
君ね、基本的に声がでかいんだよ。
「お母さまは具合がよくないんだ。カーリンの心配をしたら、よけいに疲れてしまうだろ」
「……うん」
カーリンは声を落として、うつむいた。俺の頭に置いた手に、きゅっと力が入っている。
お、カーリンがしょぼんとした。やはり、レナーテのことが大好きで心配なんだな。
さて、俺の考えた手順はこうだ。
まず裏庭から家に入る。当然、リタは「まぁぁっ! どうなさったんですか旦那さま、カーリンさま」と大声を上げるだろうから。
俺がリタの口を手で塞いで、黙らせる。
きっとリタはもがくだろう。俺の手を外そうとするに違いないから、肩から身を乗り出したカーリンがさらにリタの口を塞ぐ。
ちょっと犯罪っぽくなったな。
まぁいい。その隙に、事の次第をリタに説明して、そのまま風呂場へ直行だ。
俺は可愛くないが、カーリンの愛らしさで少々の手荒なことはリタも免除してくれるだろう。
いいなぁ、可愛く生まれるのは。
いや、そうではなくて。手順の確認だ。さすがに水は冷たいから、急いで湯を沸かす。
そしてレナーテが眠っている間に、カーリンと風呂に入って、何事もなかったかのように乾かしてやる。
よし、問題ない。
薄荷色の低い門と、木々の緑に覆われた庭が見えてくる。
「はやくー、はやくー」と、何故かカーリンが頭上から急かしてくる。しかも、足をぶんぶんと動かして。
「こら、揺らすなって」
「だって、待ってるもん」
「なにが……」と問いかけた俺の目に、門の内側に立つレナーテの姿が映った。
「おかえりなさい、あなた。カーリン」
「レナーテ!」
「うわー、おちるっ。もっともっと」
きゃあきゃあと頭上で騒ぐカーリンの両足を握りしめ、俺はレナーテの元へと駆けた。
たぶん我が娘は、足を掴んでいなくてもちゃんと俺の頭にしがみついていることだろう。そういうバランス感覚の良さは、逞しいな。
レナーテにも分けてやってくれ。
「だめじゃないか。起きたりしたら」
「大丈夫ですよ、よく眠りましたから。それに朝食もいただきました」
レナーテは髪をゆるく三つ編みにし、ワンピースの上にカーディガンを羽織っていた。
俺が残した痕が見えないように、ワンピースのボタンを一番上まで留めている。
微笑んで俺に手を振ってくれていたレナーテだが、俺の服も髪もびしょ濡れなのを見て、目を丸くした。
「あー、カーリンは無事だから。安心しなさい」
「でも、エルヴィンさまが。いったいどうなさったの?」
うん、何から説明したらいいだろうな。
抱っこするよりも、この方がカーリンが濡れないからだ。
結局、腰から下も水に濡れてしまったフォンスは、そのまま家に戻った。
申し訳ないことをした。
せっかくの長期休暇の初日に、うちの娘の暴走に巻き込んでしまって。
「お父さまぁ、高いねぇ」
「うん、高いな」
「カーリンが一番高いよ」
うん。道行く人が全員、俺たちを振り返って見ているよな。君は、好奇の視線を気にしないんだな。たくましくて結構だ。
カーリンはとても楽しいようで、両腕を空に向かって伸ばし、てのひらや指を大きく開いている。
「おひさまが、あったかいの」
はいはい。良かったね。
まだ散歩に出てから、さほども時間が経っていない。レナーテに気づかれたら、きっと心配するだろう。
カーリンが湖に落ちそうになったなどと言ったら、卒倒するかもしれない。
「いいか、カーリン。お母さまに見つからないように、そーっと家に入るんだぞ」
「どうして?」
君ね、基本的に声がでかいんだよ。
「お母さまは具合がよくないんだ。カーリンの心配をしたら、よけいに疲れてしまうだろ」
「……うん」
カーリンは声を落として、うつむいた。俺の頭に置いた手に、きゅっと力が入っている。
お、カーリンがしょぼんとした。やはり、レナーテのことが大好きで心配なんだな。
さて、俺の考えた手順はこうだ。
まず裏庭から家に入る。当然、リタは「まぁぁっ! どうなさったんですか旦那さま、カーリンさま」と大声を上げるだろうから。
俺がリタの口を手で塞いで、黙らせる。
きっとリタはもがくだろう。俺の手を外そうとするに違いないから、肩から身を乗り出したカーリンがさらにリタの口を塞ぐ。
ちょっと犯罪っぽくなったな。
まぁいい。その隙に、事の次第をリタに説明して、そのまま風呂場へ直行だ。
俺は可愛くないが、カーリンの愛らしさで少々の手荒なことはリタも免除してくれるだろう。
いいなぁ、可愛く生まれるのは。
いや、そうではなくて。手順の確認だ。さすがに水は冷たいから、急いで湯を沸かす。
そしてレナーテが眠っている間に、カーリンと風呂に入って、何事もなかったかのように乾かしてやる。
よし、問題ない。
薄荷色の低い門と、木々の緑に覆われた庭が見えてくる。
「はやくー、はやくー」と、何故かカーリンが頭上から急かしてくる。しかも、足をぶんぶんと動かして。
「こら、揺らすなって」
「だって、待ってるもん」
「なにが……」と問いかけた俺の目に、門の内側に立つレナーテの姿が映った。
「おかえりなさい、あなた。カーリン」
「レナーテ!」
「うわー、おちるっ。もっともっと」
きゃあきゃあと頭上で騒ぐカーリンの両足を握りしめ、俺はレナーテの元へと駆けた。
たぶん我が娘は、足を掴んでいなくてもちゃんと俺の頭にしがみついていることだろう。そういうバランス感覚の良さは、逞しいな。
レナーテにも分けてやってくれ。
「だめじゃないか。起きたりしたら」
「大丈夫ですよ、よく眠りましたから。それに朝食もいただきました」
レナーテは髪をゆるく三つ編みにし、ワンピースの上にカーディガンを羽織っていた。
俺が残した痕が見えないように、ワンピースのボタンを一番上まで留めている。
微笑んで俺に手を振ってくれていたレナーテだが、俺の服も髪もびしょ濡れなのを見て、目を丸くした。
「あー、カーリンは無事だから。安心しなさい」
「でも、エルヴィンさまが。いったいどうなさったの?」
うん、何から説明したらいいだろうな。
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