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番外編
12、立ち聞きはいけない
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あんなに小さい体なのに、いったいどこに入るんだろう。
結局、カーリンは薔薇の形にした林檎を食べきった。林檎一個分だ。
俺が風呂に入っている間に、先に風呂から上がったレナーテとカーリンは子ども部屋へと向かった。
風呂なぁ、もっと広かったら三人で入れるのにな。
タオルを頭に載せたまま、俺は二階へ続く階段を上がった。
子ども部屋の前を通りかかった時、扉の向こうからぼそぼそという話し声が聞こえてきた。
きっとレナーテが、絵本を読んでやっているのだろう。
そう思い通り過ぎようとしたのだが。
「ねぇ、お母さまはお父さまのどこがお好きなの?」
ん? 突然俺の耳朶は巨大になった(気がした)。ほんの小さな声すらも逃さぬようにな。
「そうねぇ。お父さまはとても優しいのよ。カーリンも知っているでしょう?」
「うん。でも、お友だちは『カーリンのパパ、こわそう』って言うよ」
うっ。心に刺さる言葉だ。
確かに俺は愛想が悪い。散歩に出た時も、カーリンが不審者に襲われはしないか、人攫いに遭わないかと常に周囲に目を配っている所為で、多分というかきっと人相まで悪い。
しかもカーリンが友達と遊んでいる時は、腕組みをして立っているし。さらに主の護衛の時のクセで、妙に姿勢もいい。というか直立不動だ。
すまんな、カーリンの幼い友人よ。人には直せることと直せないことがあるのだ。
「それにね、お父さまは怖そうなのに照れ屋さんなの」
「てれやさん? なにを売ってるの?」
俺は廊下の壁と一体化して気配を消した。
足音を立てぬよう、レナーテ達に気づかれぬよう。って、立ち聞きはいかんのだがな。
「最初はわたしも、エルヴィンさまのことが怖かったのよ。でもね、とってもたくさん愛情をくださったの。エルヴィンさま……お父さまは手先は器用なのに、感情表現が不器用なのね」
「むずかしいよぉ」
ふふ、とレナーテの笑う声がする。
「お父さまは可愛くていらっしゃるの」
「……よく分かんない」
お父さまとしては、分かってもらえたら困ります。
四歳の娘に、可愛いなどと思われたら。いったいどうしたらいいんだ。
俺は、いたたまれなくなって手で口元を覆った。
「お父さまは、お母さまのことをとても好きになってくださったのよ。そして、ずっと好きでいてくださるの。もちろんカーリンのこともよ」
「それは分かるー」
「わたしはお父さまのことが大好きなの」
「カーリンもだいすきー」
「じゃあ、一緒ね」
いかん。いかんぞ。
顔が熱くなってきた。これは風呂上がりで火照っている所為ではない。
うわー、レナーテが俺のことを大好きだって? カーリンも俺のことを大好きだって?
いかん。嬉しすぎて天に召されそうだ。
俺も君たちのことが大好きです!
自分の顔は見えないが、きっと俺の顔は真っ赤だ。
両手で顔を覆って、俺は壁に背を預けたまま、廊下にずりずりとしゃがみこんだ。
だから気づかなかったんだ。
子ども部屋の扉が静かに開いたことに。
「エルヴィンさま?」
眼下に俺を認めたレナーテが、引きつった声を出した。
それはそうだろう。まさか夫が家の廊下でしゃがみこんでいるなどと、想像できないよな。
「や、やだ。さっきのカーリンとの話、聞いていらしたの?」
「……聞こえてしまいました」
俺は、今にも消え入りそうな声で白状した。
うわぁ、どうしたらいいんだ。
恥ずかしくて顔は真っ赤だし。きっとレナーテには呆れられるか叱られるかするかもしれない。
俺はまだレナーテに叱られたことはないが。
たまに、無茶をするカーリンがレナーテに叱られているのを目にはする。
静かに、こんこんと説教をするレナーテは、決して声を荒げることはないが。なんというか、ひんやりとして怖いんだ。
ああ。きっと「騎士団の副団長を務める方が、なさることではありません。立ち聞きなんて失礼です」とか「見損ないました」と冷たい目で見下ろされるんだ。
顔は熱いのに、背中は寒いという妙な感覚で目眩がしそうだ。
結局、カーリンは薔薇の形にした林檎を食べきった。林檎一個分だ。
俺が風呂に入っている間に、先に風呂から上がったレナーテとカーリンは子ども部屋へと向かった。
風呂なぁ、もっと広かったら三人で入れるのにな。
タオルを頭に載せたまま、俺は二階へ続く階段を上がった。
子ども部屋の前を通りかかった時、扉の向こうからぼそぼそという話し声が聞こえてきた。
きっとレナーテが、絵本を読んでやっているのだろう。
そう思い通り過ぎようとしたのだが。
「ねぇ、お母さまはお父さまのどこがお好きなの?」
ん? 突然俺の耳朶は巨大になった(気がした)。ほんの小さな声すらも逃さぬようにな。
「そうねぇ。お父さまはとても優しいのよ。カーリンも知っているでしょう?」
「うん。でも、お友だちは『カーリンのパパ、こわそう』って言うよ」
うっ。心に刺さる言葉だ。
確かに俺は愛想が悪い。散歩に出た時も、カーリンが不審者に襲われはしないか、人攫いに遭わないかと常に周囲に目を配っている所為で、多分というかきっと人相まで悪い。
しかもカーリンが友達と遊んでいる時は、腕組みをして立っているし。さらに主の護衛の時のクセで、妙に姿勢もいい。というか直立不動だ。
すまんな、カーリンの幼い友人よ。人には直せることと直せないことがあるのだ。
「それにね、お父さまは怖そうなのに照れ屋さんなの」
「てれやさん? なにを売ってるの?」
俺は廊下の壁と一体化して気配を消した。
足音を立てぬよう、レナーテ達に気づかれぬよう。って、立ち聞きはいかんのだがな。
「最初はわたしも、エルヴィンさまのことが怖かったのよ。でもね、とってもたくさん愛情をくださったの。エルヴィンさま……お父さまは手先は器用なのに、感情表現が不器用なのね」
「むずかしいよぉ」
ふふ、とレナーテの笑う声がする。
「お父さまは可愛くていらっしゃるの」
「……よく分かんない」
お父さまとしては、分かってもらえたら困ります。
四歳の娘に、可愛いなどと思われたら。いったいどうしたらいいんだ。
俺は、いたたまれなくなって手で口元を覆った。
「お父さまは、お母さまのことをとても好きになってくださったのよ。そして、ずっと好きでいてくださるの。もちろんカーリンのこともよ」
「それは分かるー」
「わたしはお父さまのことが大好きなの」
「カーリンもだいすきー」
「じゃあ、一緒ね」
いかん。いかんぞ。
顔が熱くなってきた。これは風呂上がりで火照っている所為ではない。
うわー、レナーテが俺のことを大好きだって? カーリンも俺のことを大好きだって?
いかん。嬉しすぎて天に召されそうだ。
俺も君たちのことが大好きです!
自分の顔は見えないが、きっと俺の顔は真っ赤だ。
両手で顔を覆って、俺は壁に背を預けたまま、廊下にずりずりとしゃがみこんだ。
だから気づかなかったんだ。
子ども部屋の扉が静かに開いたことに。
「エルヴィンさま?」
眼下に俺を認めたレナーテが、引きつった声を出した。
それはそうだろう。まさか夫が家の廊下でしゃがみこんでいるなどと、想像できないよな。
「や、やだ。さっきのカーリンとの話、聞いていらしたの?」
「……聞こえてしまいました」
俺は、今にも消え入りそうな声で白状した。
うわぁ、どうしたらいいんだ。
恥ずかしくて顔は真っ赤だし。きっとレナーテには呆れられるか叱られるかするかもしれない。
俺はまだレナーテに叱られたことはないが。
たまに、無茶をするカーリンがレナーテに叱られているのを目にはする。
静かに、こんこんと説教をするレナーテは、決して声を荒げることはないが。なんというか、ひんやりとして怖いんだ。
ああ。きっと「騎士団の副団長を務める方が、なさることではありません。立ち聞きなんて失礼です」とか「見損ないました」と冷たい目で見下ろされるんだ。
顔は熱いのに、背中は寒いという妙な感覚で目眩がしそうだ。
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