60 / 77
番外編
5、お庭で夕食【1】
しおりを挟む
夏の夕暮れは遅く、空の高いところはすでに夜の色に染まっているのですが。低いところにある雲は、薄紫や藤色に美しく染まっています。
「せっかくだから、庭で食おうか」
「うん。カーリンがはこぶよ」
カーリンは、熱いお鍋に手を伸ばそうとしたので、わたしは慌てて彼女の体を抱きかかえました。
「駄目ですよ。鉄鍋は重いんです。足に落として大やけどをしますよ」
「でも、カーリンはお母さまより力持ちよ」
カーリンは愛らしく唇を尖らせます。
わたしより力があるのは言いすぎですけど。でも、確かにカーリンはわたしよりもしっかりしているかも。
「お母さまも力はあるのよ」と言いながら、わたしはカーリンを抱っこしました。
う、重い。この間までちゃんと抱っこできたのに。今はほんの少し、カーリンの足が床から離れる程度です。
「カーリンね、いつもお父さまとみずうみのまわりを走ってるの」
「そ、そうね。だから元気なのね」
「このあいだね、大きなクマに会ったのよ」
熊? そんな物騒な猛獣が町に出たらおおごとよ?
不安に思っていると、エルヴィンさまが「違う違う」と仰いました。
「うちの騎士団のフォンスだよ。団長の弟だから、兄貴にそっくりで。あれはカーリンから見れば、確かに熊だな」
「くまちゃんよ。かわいいの」
えー? 団長にそっくりの人って、可愛いですか?
わたしとエルヴィンさまは顔を見合わせました。
◇◇◇
確かに湖畔を走り込んでいる時に、たまにではあるが団長とフォンスに会うことがあるな。
あの二人も体力維持の為だろうな。
俺は、カーリンの目の高さに合わせるためにしゃがみこんだ。
「あのな、カーリン。あの人は人間なんだ」
「うそ? おしゃべりできる、おりこうなくまちゃんじゃないの? だって、みずうみに入って、おさかなを手でとったよ」
魚ってそれかよ。フォンス、あんた何をしてるんだ。
「それでね、カーリンにおさかなをくれたの。やいて食え、だって」
生魚……。女の子にあげる贈り物としては最低だ。
俺も相当に不器用だし、朴念仁だが。たとえ相手が幼女であれ、手づかみの魚をプレゼントすることはない。
「その魚、どうしたんだ? カーリンも魚を握りしめて帰って来たのか?」
「ううん。くまちゃんが魚を草でむすんでくれたの。それでね、リタがやいてくれたの。おしおをふってね、おいしかったよ」
「そういえば、いつだったかカーリンがおやつに魚を食べていたわ。変わったものをリタさんはおやつに出すのねぇ、と思っていたの。体にいいのかしらって」
マジか。レナーテといいリタといい、どうして子どもが生魚を持って帰ってきたことを不思議に思わないんだ。
あとフォンス。いくら相手が子どもとはいえ、女の子なのだから。プレゼントは生魚ではなく、野の花くらいにしておけ。
俺が鍋つかみを持ち、煮込み料理の入った鋳鉄の鍋を運ぶと、レナーテはパンと杏、サラダに飲み物を用意した。
「お母さま、おさらもいるよ。コップも」
「そうね、カトラリーもね。じゃあ割れると危ないから、わたしが持つわ」
「へいきー」
本当かなぁ。
二人はそれぞれ籠に食器や食べ物を詰め込んで、重そうに運び始めた。
レナーテは家でレース編みの仕事をしているから、学生の頃よりも日に灼けなくなり、さらに色が白くなっている。
母親になると、どっしりとするのかと思っていたが。レナーテの場合は、さらに儚くなったように思える。
多分、彼女のレース編みが人気で忙しいからだろうな。
「レナーテ、いいかい? 俺は明日から夏の休暇だが。君もちゃんと休暇をとるんだぞ」
「はい。もう納品しましたよ」
それで、最近はずっと夜更かしをしていたのか。
ちゃんと休むためには、事前の仕事が増えるのはどんな職でも同じか。
「せっかくだから、庭で食おうか」
「うん。カーリンがはこぶよ」
カーリンは、熱いお鍋に手を伸ばそうとしたので、わたしは慌てて彼女の体を抱きかかえました。
「駄目ですよ。鉄鍋は重いんです。足に落として大やけどをしますよ」
「でも、カーリンはお母さまより力持ちよ」
カーリンは愛らしく唇を尖らせます。
わたしより力があるのは言いすぎですけど。でも、確かにカーリンはわたしよりもしっかりしているかも。
「お母さまも力はあるのよ」と言いながら、わたしはカーリンを抱っこしました。
う、重い。この間までちゃんと抱っこできたのに。今はほんの少し、カーリンの足が床から離れる程度です。
「カーリンね、いつもお父さまとみずうみのまわりを走ってるの」
「そ、そうね。だから元気なのね」
「このあいだね、大きなクマに会ったのよ」
熊? そんな物騒な猛獣が町に出たらおおごとよ?
不安に思っていると、エルヴィンさまが「違う違う」と仰いました。
「うちの騎士団のフォンスだよ。団長の弟だから、兄貴にそっくりで。あれはカーリンから見れば、確かに熊だな」
「くまちゃんよ。かわいいの」
えー? 団長にそっくりの人って、可愛いですか?
わたしとエルヴィンさまは顔を見合わせました。
◇◇◇
確かに湖畔を走り込んでいる時に、たまにではあるが団長とフォンスに会うことがあるな。
あの二人も体力維持の為だろうな。
俺は、カーリンの目の高さに合わせるためにしゃがみこんだ。
「あのな、カーリン。あの人は人間なんだ」
「うそ? おしゃべりできる、おりこうなくまちゃんじゃないの? だって、みずうみに入って、おさかなを手でとったよ」
魚ってそれかよ。フォンス、あんた何をしてるんだ。
「それでね、カーリンにおさかなをくれたの。やいて食え、だって」
生魚……。女の子にあげる贈り物としては最低だ。
俺も相当に不器用だし、朴念仁だが。たとえ相手が幼女であれ、手づかみの魚をプレゼントすることはない。
「その魚、どうしたんだ? カーリンも魚を握りしめて帰って来たのか?」
「ううん。くまちゃんが魚を草でむすんでくれたの。それでね、リタがやいてくれたの。おしおをふってね、おいしかったよ」
「そういえば、いつだったかカーリンがおやつに魚を食べていたわ。変わったものをリタさんはおやつに出すのねぇ、と思っていたの。体にいいのかしらって」
マジか。レナーテといいリタといい、どうして子どもが生魚を持って帰ってきたことを不思議に思わないんだ。
あとフォンス。いくら相手が子どもとはいえ、女の子なのだから。プレゼントは生魚ではなく、野の花くらいにしておけ。
俺が鍋つかみを持ち、煮込み料理の入った鋳鉄の鍋を運ぶと、レナーテはパンと杏、サラダに飲み物を用意した。
「お母さま、おさらもいるよ。コップも」
「そうね、カトラリーもね。じゃあ割れると危ないから、わたしが持つわ」
「へいきー」
本当かなぁ。
二人はそれぞれ籠に食器や食べ物を詰め込んで、重そうに運び始めた。
レナーテは家でレース編みの仕事をしているから、学生の頃よりも日に灼けなくなり、さらに色が白くなっている。
母親になると、どっしりとするのかと思っていたが。レナーテの場合は、さらに儚くなったように思える。
多分、彼女のレース編みが人気で忙しいからだろうな。
「レナーテ、いいかい? 俺は明日から夏の休暇だが。君もちゃんと休暇をとるんだぞ」
「はい。もう納品しましたよ」
それで、最近はずっと夜更かしをしていたのか。
ちゃんと休むためには、事前の仕事が増えるのはどんな職でも同じか。
1
お気に入りに追加
1,872
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

関係を終わらせる勢いで留学して数年後、犬猿の仲の狼王子がおかしいことになっている
百門一新
恋愛
人族貴族の公爵令嬢であるシェスティと、獣人族であり六歳年上の第一王子カディオが、出会った時からずっと犬猿の仲なのは有名な話だった。賢い彼女はある日、それを終わらせるべく(全部捨てる勢いで)隣国へ保留学した。だが、それから数年、彼女のもとに「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」という変な手紙か実家から来て、帰国することに。そうしたら、彼の様子が変で……?
※さくっと読める短篇です、お楽しみいだたけましたら幸いです!
※他サイト様にも掲載
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる