初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

文字の大きさ
上 下
57 / 77
番外編

2、ただいま【1】

しおりを挟む
 仕事を終えた俺は門番に見送られて、城を出た。
 夏の休暇前なので残業をしていた所為で、普段よりも幾分遅い。

 ああ、早く家に帰ってレナーテとカーリンに会いたい。

「あれ? 副団長、今ご帰宅ですか」
「ん?」

 城門を出たところで声を掛けられ、俺は瞬きを繰り返した。どうしてさっき別れたばかりの団長がここに居る? と思ったが。
 よく考えたらバルテル団長の年の離れた弟、騎士のフォンスだった。
 
 しかしそっくりな兄弟だな。騎士見習いの頃のバルテルにそっくりだ。確かフォンスは今は二十歳くらいのはずだが。まぁ、要するに岩っぽい見た目だ、肌も日焼けして褐色だし。身長も俺よりも高いので、団長とフォンスに左右を挟まれると圧迫感がすごい。

 ちなみに団長と俺とフォンスが三人で並ぶと、騎士たちからは「山脈だ」と言われてしまう。

「副団長。そういえば魚、気に入ってもらえましたかね」
「魚?」
「あー、いや。まぁいいです。お疲れ様でした、休暇を楽しんでください」

 魚? 確かフォンスは釣りが趣味だから、リタにでも届けてくれたのだろうか。

 帰途についた俺は早足で勢いよく歩くものだから、周囲の人が俺を避ける。

 そういえば、結婚する前は大概の人が俺を避けていた。体もでかいし見た目も温厚そうではないし、歩く速度も速いからな。
 レナーテと結婚して初めて、ゆっくりと歩くと見たこともない小さな花が道端に咲いていることに気づいたんだ。

 そしてカーリンが生まれて、その小さな目立たない花にも名前があることを知った。花の名を教えてくれたのは、もちろんレナーテだ。
 レナーテは花は好きだが虫は得意ではないらしく。だが、虫嫌いが子どもに影響してはいけないと思ったのだろう。

 決意を秘めたように眉根を寄せ、息を止めながら、バッタとかトンボをカーリンに見せていた。さすがにてのひらに虫を乗せることはできなかったようだが。
 一度、カーリンが両手にカマキリを掴んで、レナーテに誇らしげに見せたものだから。レナーテは「かっこいいわねぇ」と微笑みながら凍りついていた。
 というか、多分魂が抜けていた。

 家に戻った俺は、門を開いた。その時だ。ぱたぱたという軽い足音が聞こえたのは。

「お帰りなさいませ。エルヴィンさま」
「おかえり、お父さまぁ」
「た、ただいま」

 スカートの裾を軽やかに翻して駆けてくるのはレナーテとカーリンだ。
 今年で四歳になるカーリンは、レナーテの幼い頃によく似ていると言われる。ふわふわした蜂蜜色の髪に、紫水晶の瞳。

 ああ、夏の澄んだ宵の空を背景に、二人の背中に天使の翼が見えるようだよ。
 というか、白い物がひるがえっていると思ったら、それはシーツだった。

 俺は両腕を広げた。レナーテとカーリンは、これっぽっちも躊躇することなく、俺の腕の中に飛び込んでくる。
 うわー、いい匂いだ。なんて柔らかさだ。
 さっきまで汗くさくて岩のような団長と一緒に居たから、心が浄化されそうだ。

「エルヴィンさま、どうなさったの?」
「いや、ちょっと天に召されそうになった」
「お父さま、しんじゃうの?」

 比喩を理解できないカーリンの言葉に、レナーテの顔が真っ青になる。

「大変。具合がお悪いのかしら。お医者さまに行きましょう」

 レナーテが俺から離れようとするから、慌てて「違う違う」と彼女を強く抱きしめる。

「言葉が悪かったな。えーと、二人に会えて嬉しかったんだ」
「まぁ。ほんの半日離れていただけですのに、嬉しいだなんて。ねぇ、カーリン。エルヴィンさまは甘えん坊ですね」
「ほんと、お父さまってあまえんぼう」

 二人は顔を見合わせて、小さく笑っている。

 俺の背中に手をまわして見上げてくるレナーテ。その頬が、薄赤く染まっている。

「レナーテは? 俺がいなくて寂しくなかったのか」
「ご存じでしょう? もう、意地悪を仰らないで」

 うん、分かるよ。洗濯物を取り入れながら、俺の姿を見つけて、急いで飛び出してきたのだろう?
 その事実だけでも昇天しそうなのだが。あなたの口から聞きたいんだ。

 俺は彼女の手からシーツを取り上げると、それで華奢な体をすっぽりと包んでやった。
「カーリンも」と娘が飛び跳ねながらねだるから。二人まとめてシーツでぐるぐると巻いてやる。

「ふふ、お日さまのにおい」
「本当ね、いい匂い。今日はよく晴れていたものね」

「ねー」と微笑みあう母と子を眺めていると、自然と口許が緩んでくる。
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...