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一章
55、不愛想なあなたは可愛い人
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もしかして。もしかして、ですけど。
図書館で恋心を秘めて本を選んでいらした騎士さまは、エルヴィンさまだったのですか?
わたしは瞬きをするのも忘れて、エルヴィンさまのお顔を凝視しました。
「でも、あの騎士さまがエルヴィンさまなら。姫さまはどこにいらっしゃるんですか」
「姫? 何のことだ」
「お仕えする主の姫さまに愛を告白するために、恋愛指南本を探していらっしゃったのでは?」
突然、がくっとエルヴィンさまがうなだれました。
「恋愛指南本は置いておきなさい。俺の初恋の人は、学生時代によく図書館に通っていて。一度だけ俺と図書館で言葉を交わし、そして今は俺の妻だ」
わたしに言い聞かせるようにゆっくりと紡がれる言葉。
「はつこい?」
「……かなり遅咲きのな。レナーテ、あなたに出会わなければ、俺は一生恋を知らずに生きていた。あなたが、俺に幸せを運んできてくれたんだ」
わたしは徐々に顔が熱くなるのを感じました。
エルヴィンさまの大きな手が、再びわたしの両頬に添えられます。
だめ、顔が熱いのがばれてしまうわ。
頬だけじゃなくて、首筋も熱を持っているの。
でも……わたし、三年も前にエルヴィンさまとお話をしていたの? エルヴィンさまは、当時からわたしのことを好いていてくださったの?
初めての恋だと仰ったわ。
嬉しいような、恥ずかしいような。背中がもぞもぞして、わたしは頬を挟むエルヴィンさまの大きな手に指を触れたの。
「エルヴィンさま。もしかして図書館で出会った時に、わたしを選んでくださったの?」
「……違う」
「では、いつ?」
エルヴィンさまは瞼を閉じると、切なそうに眉根をお寄せになりました。
「ずっとだ。ずっとあなたのことが好きだった。街で見かけても、声を掛ける勇気もなく。三年前のあの日、図書館で話したのが最初で最後だった」
小さく呟く声は、かすれていらっしゃいます。
紡がれる言葉はとても真摯で、わたしは心を打たれました。
だからベッドから身を乗り出して、エルヴィンさまにくちづけたの。
もっと早くに教えてくだされば良かったのに、とは言えません。だって、口にできないほどに私を想ってくださっていたんだもの。
「初対面だとばかり思っていました。でも違ったんですね」
「レナーテ?」
「あのね。恥ずかしいから、内緒にするつもりだったのですけど。わたしも、初恋の方はエルヴィンさまなんです。つい最近、恋を知ったんですよ」
両腕を伸ばして、エルヴィンさまの首にしがみつきます。よく知っている、エルヴィンさまの香り。爽やかな匂いを胸いっぱいに吸い込みます。
ねぇ、ほんの少し前までわたしは、あなたの香りすら知らなかったの。
なのに、今ではこんなにも馴染んでしまったわ。
「レナーテ。あの日、図書館であなたに声を掛けられて、俺がどれほど嬉しかったか分かるか。そのまま天に召されてしまうほどかと思ったほどだ」
「そんな……わたしを置いて、いってしまわないで」
頭上の辺りで、エルヴィンさまは「たとえだよ」と小さく苦笑なさいます。
「だが、本当に死ぬほど嬉しかったんだ。一生に一度の思い出として心に抱いて生きていってもよかったのに。俺は欲張りだから……無謀にも、あなたとの結婚を親御さんに申し出た」
もし、図書館で話していなければ、そんな勇気は微塵も出なかったことだろう。と、エルヴィンさまは仰います。
わたしは顔を上げると、エルヴィンさまの頬にキスをしました。
だって、照れながら教えてくださる様子が、とても愛らしいんですもの。
「ありがとうございます。わたしを見つけてくださって、わたしを見初めてくださって。わたし、もうエルヴィンさまから離れたくないの。だから、どうか離さないで……」
どうか離さないでください、という言葉の最後はエルヴィンさまの口の中に消えていきました。
ええ、結婚式で緊張しすぎて不愛想になるほどに、エルヴィンさまはわたしを愛してくださっているんです。
【本編完 次話より番外編となります】
図書館で恋心を秘めて本を選んでいらした騎士さまは、エルヴィンさまだったのですか?
わたしは瞬きをするのも忘れて、エルヴィンさまのお顔を凝視しました。
「でも、あの騎士さまがエルヴィンさまなら。姫さまはどこにいらっしゃるんですか」
「姫? 何のことだ」
「お仕えする主の姫さまに愛を告白するために、恋愛指南本を探していらっしゃったのでは?」
突然、がくっとエルヴィンさまがうなだれました。
「恋愛指南本は置いておきなさい。俺の初恋の人は、学生時代によく図書館に通っていて。一度だけ俺と図書館で言葉を交わし、そして今は俺の妻だ」
わたしに言い聞かせるようにゆっくりと紡がれる言葉。
「はつこい?」
「……かなり遅咲きのな。レナーテ、あなたに出会わなければ、俺は一生恋を知らずに生きていた。あなたが、俺に幸せを運んできてくれたんだ」
わたしは徐々に顔が熱くなるのを感じました。
エルヴィンさまの大きな手が、再びわたしの両頬に添えられます。
だめ、顔が熱いのがばれてしまうわ。
頬だけじゃなくて、首筋も熱を持っているの。
でも……わたし、三年も前にエルヴィンさまとお話をしていたの? エルヴィンさまは、当時からわたしのことを好いていてくださったの?
初めての恋だと仰ったわ。
嬉しいような、恥ずかしいような。背中がもぞもぞして、わたしは頬を挟むエルヴィンさまの大きな手に指を触れたの。
「エルヴィンさま。もしかして図書館で出会った時に、わたしを選んでくださったの?」
「……違う」
「では、いつ?」
エルヴィンさまは瞼を閉じると、切なそうに眉根をお寄せになりました。
「ずっとだ。ずっとあなたのことが好きだった。街で見かけても、声を掛ける勇気もなく。三年前のあの日、図書館で話したのが最初で最後だった」
小さく呟く声は、かすれていらっしゃいます。
紡がれる言葉はとても真摯で、わたしは心を打たれました。
だからベッドから身を乗り出して、エルヴィンさまにくちづけたの。
もっと早くに教えてくだされば良かったのに、とは言えません。だって、口にできないほどに私を想ってくださっていたんだもの。
「初対面だとばかり思っていました。でも違ったんですね」
「レナーテ?」
「あのね。恥ずかしいから、内緒にするつもりだったのですけど。わたしも、初恋の方はエルヴィンさまなんです。つい最近、恋を知ったんですよ」
両腕を伸ばして、エルヴィンさまの首にしがみつきます。よく知っている、エルヴィンさまの香り。爽やかな匂いを胸いっぱいに吸い込みます。
ねぇ、ほんの少し前までわたしは、あなたの香りすら知らなかったの。
なのに、今ではこんなにも馴染んでしまったわ。
「レナーテ。あの日、図書館であなたに声を掛けられて、俺がどれほど嬉しかったか分かるか。そのまま天に召されてしまうほどかと思ったほどだ」
「そんな……わたしを置いて、いってしまわないで」
頭上の辺りで、エルヴィンさまは「たとえだよ」と小さく苦笑なさいます。
「だが、本当に死ぬほど嬉しかったんだ。一生に一度の思い出として心に抱いて生きていってもよかったのに。俺は欲張りだから……無謀にも、あなたとの結婚を親御さんに申し出た」
もし、図書館で話していなければ、そんな勇気は微塵も出なかったことだろう。と、エルヴィンさまは仰います。
わたしは顔を上げると、エルヴィンさまの頬にキスをしました。
だって、照れながら教えてくださる様子が、とても愛らしいんですもの。
「ありがとうございます。わたしを見つけてくださって、わたしを見初めてくださって。わたし、もうエルヴィンさまから離れたくないの。だから、どうか離さないで……」
どうか離さないでください、という言葉の最後はエルヴィンさまの口の中に消えていきました。
ええ、結婚式で緊張しすぎて不愛想になるほどに、エルヴィンさまはわたしを愛してくださっているんです。
【本編完 次話より番外編となります】
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