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一章
54、図書館の思い出【3】
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わたしはベッドで上体を起こして、エルヴィンさまが淹れてくださった紅茶を飲みました。
エルヴィンさまはというと、ベッドの傍の椅子に腰を下ろして本を読んでいらっしゃいます。
最近の流行りなのでしょうか。裏表紙には広告が載っています。
「そういえば、七十年の歴史があるという恋愛講座の広告を見たことがありますけど。今ならもう七十三年の歴史になるのかしら」
何気ない言葉でしたのに、エルヴィンさまは読んでいらした本を床に落としました。そして本を拾うでもなく、わたしを凝視なさっています。
サイドテーブルにソーサーに載ったカップを置いて、わたしは本を拾いました。ええ、ベッドから降りずになので少々難儀しましたけど。
「はい、どうぞ」
エルヴィンさまは何故か固まっていらっしゃいます。見られても恥ずかしい本でもないですよ? 『忠義と名誉の物語』騎士道に関する書物のようですね。
わたしには難しそうな内容みたいです。
「エルヴィンさま、どうなさったの?」
同時に本を拾おうとして少し屈んだエルヴィンさまが、椅子に座ったままでわたしの顔を凝視なさっています。
彼の深い琥珀色の瞳に、きょとんとしたわたしの顔が映っています。
「レナーテ。思い出したのか?」
「え?」
それまでまるで石像のように固まっていらしたエルヴィンさまが、わたしの両肩に手を置きます。
「いや、だから。その、恋愛講座は七十年の歴史があって」
「え、ええ。有名な広告ですよね」
「……そうじゃなくて」
エルヴィンさまは、わたしから本を受け取るわけでもなく。なぜか、わたしの両頬を手で挟みました。
「恋愛講座には男性向けもあるんだ。その、騎士向けというか」
「ええ、存じ上げています。いつだったか図書館で……え?」
さらにぎゅっと両頬を挟まれて、ろくに喋ることもできません。
どうしてエルヴィンさまは、そんなに切なそうな瞳でわたしを見つめていらっしゃるの?
この瞳は、どこかで見たことがあります。
ふいに、古い紙の匂いを思い出しました。エルヴィンさまの本は新しいのに。まるで図書館のような匂い……。
「『もてない騎士のための恋愛指南。雅な騎士になれば、乙女もメロメロよ』?」
どうしてそんな言葉が口から出てきたのか、すぐには分かりませんでした。
でも、確かに三年ほど前のこと。わたしは図書館で騎士さまに、落とした本を手渡したことがあります。
開架室は薄暗く。その方は窓のある閲覧席の方に背を向けていらしたので、逆光になって顔は覚えておりませんけど。
立派な騎士さまも、恋愛指南本を借りるのかと思うと微笑ましかったのです。
どんな美しいお嬢さんが、騎士さまに求愛されるのかしら。もしかしたらお仕えする主のお姫さまなのかしら。
恋をしたこともないわたしには縁遠い世界で、少しばかり……いえ、かなり羨ましかったのを覚えています。
わたしはいずれ、親が決めた見ず知らずの男性と結婚することになるのでしょうから。恋をしたこともなければ、きっとこの先も恋を知らずに生きていくのね。
素敵な騎士さまの恋が成就するといいのに。そう思いながら、本を手渡したのです。
「レナーテ。俺のことを覚えているのか」
「エルヴィンさま?」
両肩を掴まれて、体をぶんぶんと揺さぶられます。
窓を背にして座るエルヴィンさまは逆光になって、お顔が陰に沈んでいます。
エルヴィンさまはというと、ベッドの傍の椅子に腰を下ろして本を読んでいらっしゃいます。
最近の流行りなのでしょうか。裏表紙には広告が載っています。
「そういえば、七十年の歴史があるという恋愛講座の広告を見たことがありますけど。今ならもう七十三年の歴史になるのかしら」
何気ない言葉でしたのに、エルヴィンさまは読んでいらした本を床に落としました。そして本を拾うでもなく、わたしを凝視なさっています。
サイドテーブルにソーサーに載ったカップを置いて、わたしは本を拾いました。ええ、ベッドから降りずになので少々難儀しましたけど。
「はい、どうぞ」
エルヴィンさまは何故か固まっていらっしゃいます。見られても恥ずかしい本でもないですよ? 『忠義と名誉の物語』騎士道に関する書物のようですね。
わたしには難しそうな内容みたいです。
「エルヴィンさま、どうなさったの?」
同時に本を拾おうとして少し屈んだエルヴィンさまが、椅子に座ったままでわたしの顔を凝視なさっています。
彼の深い琥珀色の瞳に、きょとんとしたわたしの顔が映っています。
「レナーテ。思い出したのか?」
「え?」
それまでまるで石像のように固まっていらしたエルヴィンさまが、わたしの両肩に手を置きます。
「いや、だから。その、恋愛講座は七十年の歴史があって」
「え、ええ。有名な広告ですよね」
「……そうじゃなくて」
エルヴィンさまは、わたしから本を受け取るわけでもなく。なぜか、わたしの両頬を手で挟みました。
「恋愛講座には男性向けもあるんだ。その、騎士向けというか」
「ええ、存じ上げています。いつだったか図書館で……え?」
さらにぎゅっと両頬を挟まれて、ろくに喋ることもできません。
どうしてエルヴィンさまは、そんなに切なそうな瞳でわたしを見つめていらっしゃるの?
この瞳は、どこかで見たことがあります。
ふいに、古い紙の匂いを思い出しました。エルヴィンさまの本は新しいのに。まるで図書館のような匂い……。
「『もてない騎士のための恋愛指南。雅な騎士になれば、乙女もメロメロよ』?」
どうしてそんな言葉が口から出てきたのか、すぐには分かりませんでした。
でも、確かに三年ほど前のこと。わたしは図書館で騎士さまに、落とした本を手渡したことがあります。
開架室は薄暗く。その方は窓のある閲覧席の方に背を向けていらしたので、逆光になって顔は覚えておりませんけど。
立派な騎士さまも、恋愛指南本を借りるのかと思うと微笑ましかったのです。
どんな美しいお嬢さんが、騎士さまに求愛されるのかしら。もしかしたらお仕えする主のお姫さまなのかしら。
恋をしたこともないわたしには縁遠い世界で、少しばかり……いえ、かなり羨ましかったのを覚えています。
わたしはいずれ、親が決めた見ず知らずの男性と結婚することになるのでしょうから。恋をしたこともなければ、きっとこの先も恋を知らずに生きていくのね。
素敵な騎士さまの恋が成就するといいのに。そう思いながら、本を手渡したのです。
「レナーテ。俺のことを覚えているのか」
「エルヴィンさま?」
両肩を掴まれて、体をぶんぶんと揺さぶられます。
窓を背にして座るエルヴィンさまは逆光になって、お顔が陰に沈んでいます。
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