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一章
52、図書館の思い出【1】
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しばらくベッドで横になり休んでいると、階段を上がってくる足音が聞こえました。
その音でエルヴィンさまだと分かります。リタさんや他の使用人は、もっと足音が軽いんです。
わたしは嬉しくなって、上体を起こしました。扉の開く音、そしてお盆を持ったエルヴィンさまが寝室に入っていらっしゃいます。
「レナーテ。横になっていないと駄目じゃないか」
「つい、嬉しくて」
「そんなに林檎が食べたかったのか」
いえいえ、そうじゃないんです。わたしは首を振りました。
サイドテーブルにお盆を置いたエルヴィンさまは、窓を開いて、外の風を室内に入れます。ふわりとなびくカーテン。
花と木々の香りが流れ込んで、琥珀色と言われるわたしの髪を撫でました。
「もう起きられるんですよ。体力も戻りましたから」
「今日は一日、寝ていなさい。俺もついていてあげるから」
「でも、せっかくの休日ですのに」
エルヴィンさまは何年も長期の休暇を取っていらっしゃらなかったということで、結婚後はしばらくお休みをいただいているそうです。
なぜ休暇を取らなかったのか尋ねたところ「休みはつまらないから」と仰っていました。
寝込んでしまったわたしの付き添いなんて、退屈でしょうから。お一人で出かけてくださってもよろしいのに。
「休みは楽しいからな、家にいたいんだよ」
「楽しい、ですか?」
「そりゃあ、そうだろ」
何を言うんだ? とでも仰る風に、エルヴィンさまは片方の眉を上げました。
そしてベッドの側に椅子を引き寄せて、腰を下ろします。
「一日中、レナーテの顔を見ていられるんだ。それがどれほど贅沢なことか、あなたは知らないだろう?」
そして、ポットから紅茶をカップに注ぎ、わたしに手渡してくださいます。
「林檎は、ちゃんと水分を取ってからだぞ」
◇◇◇
まったくレナーテは分かっていない。
俺は何年、あなたに片想いをしてきたと思っているんだ。(いや、言っていないから知らないだろうが)
たまたま街であなたを見かけるくらいしか接点がなかったが。俺も勇気を出して図書館に行ったこともある。
さすがにあなたの後を追って、図書館に入ったわけではない。そんなことをしたら、変態だ。
見知らぬ男、それも体格がごつくて愛想のない見た目が怖い男に側に寄られたら、レナーテも恐ろしいだろうからな。
むしろ、俺の存在など知られていない方がいい。
でなければ「あの男の人、わたしのことをじろじろ見て、怖いの」などと思われたら、二度とレナーテに会うことも出来ないのだから。
だから俺は図書館の開架で、なんとなく本を手に取っていた。
本を守る為だろうか。館内は薄暗く、開架とつながっている閲覧席だけが窓から光が差し込んでいる。
喋る者もいない、静謐な空間。古い紙とインクのにおいに満ちている。
普段は汗くさく、大声で話す男どもの中で生活しているので、どうにも静けさが落ち着かない。
若い騎士は休憩時間にポエムを詠んだりするのだが。俺にそんな趣味はない。というか、ポエム。恥ずかしくないのか、あれ。
俺に文学的素養はないが、騎士の宿舎の廊下を歩いている時に、洩れ聞こえてきたポエムは、背中がもぞもぞする内容だったぞ。
貴婦人に読んで聞かせるんだよなぁ。貴婦人も背中がもぞもぞするのだろうか? それとも、うっとりするのだろうか。
俺は普通、本を読む時は武勲詩が多い。騎士と異教徒の荒々しい戦闘光景や、友の裏切り、主への忠節などが記されている。
――副団長は古い男ですよねぇ。
――今時、戦いとか流行りませんよ。
散々、そう揶揄われたが。うん、騎士の言葉とも思えないな。
だから、その時も図書館にいる自分が手に取っているのは武勲詩だと思っていた。
その音でエルヴィンさまだと分かります。リタさんや他の使用人は、もっと足音が軽いんです。
わたしは嬉しくなって、上体を起こしました。扉の開く音、そしてお盆を持ったエルヴィンさまが寝室に入っていらっしゃいます。
「レナーテ。横になっていないと駄目じゃないか」
「つい、嬉しくて」
「そんなに林檎が食べたかったのか」
いえいえ、そうじゃないんです。わたしは首を振りました。
サイドテーブルにお盆を置いたエルヴィンさまは、窓を開いて、外の風を室内に入れます。ふわりとなびくカーテン。
花と木々の香りが流れ込んで、琥珀色と言われるわたしの髪を撫でました。
「もう起きられるんですよ。体力も戻りましたから」
「今日は一日、寝ていなさい。俺もついていてあげるから」
「でも、せっかくの休日ですのに」
エルヴィンさまは何年も長期の休暇を取っていらっしゃらなかったということで、結婚後はしばらくお休みをいただいているそうです。
なぜ休暇を取らなかったのか尋ねたところ「休みはつまらないから」と仰っていました。
寝込んでしまったわたしの付き添いなんて、退屈でしょうから。お一人で出かけてくださってもよろしいのに。
「休みは楽しいからな、家にいたいんだよ」
「楽しい、ですか?」
「そりゃあ、そうだろ」
何を言うんだ? とでも仰る風に、エルヴィンさまは片方の眉を上げました。
そしてベッドの側に椅子を引き寄せて、腰を下ろします。
「一日中、レナーテの顔を見ていられるんだ。それがどれほど贅沢なことか、あなたは知らないだろう?」
そして、ポットから紅茶をカップに注ぎ、わたしに手渡してくださいます。
「林檎は、ちゃんと水分を取ってからだぞ」
◇◇◇
まったくレナーテは分かっていない。
俺は何年、あなたに片想いをしてきたと思っているんだ。(いや、言っていないから知らないだろうが)
たまたま街であなたを見かけるくらいしか接点がなかったが。俺も勇気を出して図書館に行ったこともある。
さすがにあなたの後を追って、図書館に入ったわけではない。そんなことをしたら、変態だ。
見知らぬ男、それも体格がごつくて愛想のない見た目が怖い男に側に寄られたら、レナーテも恐ろしいだろうからな。
むしろ、俺の存在など知られていない方がいい。
でなければ「あの男の人、わたしのことをじろじろ見て、怖いの」などと思われたら、二度とレナーテに会うことも出来ないのだから。
だから俺は図書館の開架で、なんとなく本を手に取っていた。
本を守る為だろうか。館内は薄暗く、開架とつながっている閲覧席だけが窓から光が差し込んでいる。
喋る者もいない、静謐な空間。古い紙とインクのにおいに満ちている。
普段は汗くさく、大声で話す男どもの中で生活しているので、どうにも静けさが落ち着かない。
若い騎士は休憩時間にポエムを詠んだりするのだが。俺にそんな趣味はない。というか、ポエム。恥ずかしくないのか、あれ。
俺に文学的素養はないが、騎士の宿舎の廊下を歩いている時に、洩れ聞こえてきたポエムは、背中がもぞもぞする内容だったぞ。
貴婦人に読んで聞かせるんだよなぁ。貴婦人も背中がもぞもぞするのだろうか? それとも、うっとりするのだろうか。
俺は普通、本を読む時は武勲詩が多い。騎士と異教徒の荒々しい戦闘光景や、友の裏切り、主への忠節などが記されている。
――副団長は古い男ですよねぇ。
――今時、戦いとか流行りませんよ。
散々、そう揶揄われたが。うん、騎士の言葉とも思えないな。
だから、その時も図書館にいる自分が手に取っているのは武勲詩だと思っていた。
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