初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

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一章

37、お庭のガーデニア

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「ただいまっ」

 そう仰ると、両手の塞がっているエルヴィンさまは門を足で蹴飛ばしました。
 家の中から慌てて使用人のリタさんが、エプロンで濡れた手を拭きながら慌てて出て来ます。

「どうなさったんです、旦那さま。奥さまの具合がお悪いんですか?」
「いや、そうじゃないが」
「お昼ごはんの用意、もうできていますよ。サンドウィッチですが」
「ありがとう。後でもらいにいく」

 エルヴィンさまは持っていた籠を、リタさんに放り投げました。リタさんは「おおっとぉ」と言いながら器用に籠を受け取ります。

「中でお召し上がりにならないんですか」との声を背中で聞きながら、わたしはリタさんに頭を下げました。
 エルヴィンさま、どちらへいらっしゃるんでしょう。

 緑の匂いが濃い庭の中に入ると、そのまま奥へと進んでいきます。
 この家はお庭が広くて、初夏のこの時季は白い花があちらこちらに咲き乱れています。

 甘く涼しい香りは、ガーデニアかしら。白い花弁が重なって、香りが良くて大好きなの。
 わたしは背を伸ばして、華の在処を確かめようとしました。

「レナーテ?」
「あ、済みません。ガーデニアの香りがしたものですから」
「ガーデニア。花の名前か?」
「はい。夏の前にだけ咲く、お気に入りの花なんです」

 エルヴィンさまは辺りを見回すと、ひっそりと木陰に植えられたガーデニアの木を見つけました。
 そしてゆっくりとそちらへ歩いていきます。

「レナーテのような花だ」

 わたしのような? どういうことでしょう。
 ガーデニアの花にそっと手を伸ばし、エルヴィンさまは一輪摘みました。
 そしてその花を、わたしの髪に差してくださいます。

 大好きな香りに包まれて、わたしは自分でも知らぬ内に微笑みを浮かべていたようです。

「あなたは覚えていないだろうが。俺は、何度も街で学生の頃のあなたとすれ違った。その時に、この花の香りがしたんだ」
「あ、家にも修道院にもガーデニアが植えられているんです」

 だから花の時季には、ガーデニアの側に座って本を読んだり、刺繍をしたり。長い時間を木の側で過ごしました。
 花の香りが、わたしの髪や服に移っていたのですね。

「そうか。ガーデニアというのか。俺はこの初夏にだけあなたから感じる甘い香りが忘れられなくて、庭師にそれらしい花があれば植えて欲しいと頼んでいたんだ」

◇◇◇

 庭には、懐かしい甘い香りが漂い。そして俺の頭にしがみつくレナーテからも、同じ香りがしていた。
 
 恥ずかしいことだが。この木はレナーテに求婚の返事をもらう前から植えていた。(というかこの国では、まず女性の親に結婚を認めてもらう必要があり、本人の承諾は後回しだ)
 つまり、要するにレナーテを花嫁にできるかどうか未定の内から、彼女の香りがする花木を植えていたわけだ。
 ついでに言うなら、もしかしたら彼女が結婚を断るかもしれないのに、二人で暮らすための家を買った。

 もしレナーテに拒否されていたら、俺はこの家に一人で暮らしていたのかなぁ。
 それは、しみじみと寂しいぞ。
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