初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

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一章

35、甘えられて【2】

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 俺たちが座るベンチは湖に面しているから、湖畔の遊歩道には背を向ける格好になる。
 だから、まぁ多分そんなには目立たないと思うのだが。

 レナーテは林檎を食べさせてもらうのを、じーっと待っている。
 こんな風に外で我儘を言うとは思わないのだが。よほど団長の無理強いが怖かったのだろう。

 そうだよな。俺でも団長に「ほら、林檎を食わせてやるよ」とか言われて、口許に押しつけられたら涙目になる。
 というか完全に心に傷を負う。

「ほら、レナーテ。口を開けて」

 そう告げて、フォークを刺したウサギ林檎を彼女の口許に寄せる。
 薄紅の柔らかな唇が開いて、林檎をひとくち齧った。
 ああ、団長の時は強固に引き結んでいたのに。俺なら、受け入れてくれるんだな。

 しゃくしゃくという歯切れのいい音。
 次いで、まるで朝露を宿した薔薇のように笑顔が花開く。
 つられて俺まで微笑んでしまった。

「おいしいです」
「そ、そうか。それは良かった」
「エルヴィンさまと一緒だと、見慣れた湖も何倍も美しく見えますね。林檎は何十倍も美味しいです」

 煌めく瞳で見つめられて、俺は今後もウサギ林檎を量産することを固く心に誓った。

「はい、エルヴィンさまもですよ」
「は?」

 妙な声が出てしまった。
 見れば、レナーテがフォークに刺したウサギ林檎を俺に向かって差し出しているのだ。

「待て待て、レナーテ。俺はもう食ったし、食おうと思えば自分で食べられるし。それに人目が」

 レナーテはちらっと周囲を見回した。
 
「今のところ、誰もいらっしゃいませんけど。でも、そうですよね。エルヴィンさまに無理強いすると、それこそさっきの団長さんのようになってしまいますものね」

 寂しく微笑んで、レナーテは林檎を俺に手渡した。

「いや、そんなことはない。団長とレナーテは比べる対象にもならないし。その、俺はレナーテに無理強いされるのは迷惑ではないのだが」
「じゃあ、また今度にしますね」

 へ? つまりレナーテは、どうしても俺に「あーん」をさせたいと?
 俺は自分が手にしたフォークの先に鎮座する林檎をじーっと見つめた。

「あの、レナーテ?」
「そうだわ。浜辺に降りてもいいですか?」

 そう言うとレナーテはベンチから立ち上がった。そのまま湖へと続く階段を下りていく。
 彼女の琥珀色の髪がふわりと風になびき、軽やかな足取りに合わせてスカートの裾が、柔らかに揺れている。

 怒っているようには見えないが、気を悪くさせただろうか。
 いや、しかし。外でいちゃいちゃは、できん。
 俺は林檎を口に入れて噛み砕いた。
 籠を片手に持ち、そのままレナーテを追いかける。

「待ってくれ」

 階段を降りたところで追いついた俺は、彼女の手首を握った。
 きしりと足下で砂の音を立てながら、レナーテも立ち止まる。
 だが、振り返ってはくれない。
 拗ねてしまったか、あるいは融通の利かない頭の固い男だと呆れてしまったのか。

「レナーテ。こっちを向いてくれないか?」

 そう頼んでも、ふるふると首を振るばかりで顔を見せてはくれない。
 浜辺に降りたせいで、湖面を渡る風はきつく。彼女のスカートが、ばさばさと音を立てる。

 打ち寄せる波の音と、スカートが翻る音。それに白鷺や青鷺のけたたましい「ぎゃあ」という鳴き声。
 それらが頭の中で騒々しくて。俺はどうしていいのか分からなくなった。
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