初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

文字の大きさ
上 下
34 / 77
一章

34、甘えられて【1】

しおりを挟む
 よほど団長のことが怖かったのか、レナーテは俺にぴったりとくっついてくる。
 ベンチは横長で、それなりに幅があるのに。密着状態だ。

「狭いよ? レナーテ」
「いいんです」

 さらにぐいっと身を寄せて、今度は俺の腕にしがみついてきた。
 まだ朝なので、さほど気温は高くなく。しかも蒼く澄んだ湖面を撫でる風は涼しいので、彼女と密着している部分がより温かく感じられる。

 結婚前は感じたことのない温もりだ。

 寄せては返す波の音。小石の浜をさらさらと洗うさざ波に、水鳥がのんびりと浮かんでいる。
 俺は水鳥を眺めるレナーテの横顔を見つめていた。
 
「林檎、どうする?」
「いただきます」

 そう言うものの、レナーテはフォークに手を伸ばそうとしない。さすがに団長が口に入れた物を使う気にはなれないか。
 膝に両手を揃えて置いて、なぜか俺の顔を見上げている。

「えーと、何かな?」
「食べさせてくださるのを、待っているんです」

 え? ええ? 何それ、何だそれは。
 一瞬、頭の中が混乱した。
 これはレナーテの悪い冗談か? だが彼女の瞳に、からかうような色は見られない。

「だって、団長さんに食べさせられそうになったんですもの」
「うん、そうだな。あれは酷かった。無理強いはないよな、俺の嫁に」
「そうなんです。わたしはエルヴィンさまの妻なんですから。ああいうのは、他の男性にされたくないんです」

 どぎゅん、と胸を貫く音がした。
 乙女ではないので「きゅん」でも「とくん」でもない。武骨な自分に似合いの無粋な音なのだが。
 確かに胸がときめいたんだ。

 待て。ちょっと考える時間をください、我が妻よ。これはあれか? レナーテは俺に甘えているのか?

 俺は結婚前にレナーテを街で見かけて、ときめくことはあったが。
 なぜだ。結婚してさほど日も経っていないのに。どうしてこんなに、ときめきまくるんだ。
 ああ、混乱して脳内の言葉がおかしくなっている。
 
「団長さんは、エルヴィンさまの上官ですから。妻であるわたしは林檎を受け入れないといけないかもと思ったんです。でも、無理だったの。どうしても唇が開かなくて、まるで糊でくっつけたみたいにぴったりとくっついて」

 うんうん。そうだよ、レナーテ。いくら上官だろうと媚びる必要はないんだ。
 
「わたし、エルヴィンさま以外は……無理なんです。他の殿方に触れられたくないんです」
「俺なら、平気なのか?」

 レナーテは頬を染めてうなずいた。彼女の琥珀色の柔らかな髪がふわりと風に揺れた。

「恥ずかしいですけれど。エルヴィンさまなら」
「お、俺は……その、あなたに無茶をするぞ」

 赤らんだ頬のまま、ふるふるとレナーテは首を振る。

「いいの。エルヴィンさまですもの」

 今度は「どぎゅんご」という音がした。

 天に召されるかと思った。
 ありがとう神さま。俺は教会に礼拝にもいかないが。
 レナーテと同じ時代、同じ国、同じ街に生きることができたことを感謝しよう。
 
 ついでに団長、レナーテを怖がらせたことは許せないが。今のこの状況に関してだけは礼を言うよ。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

処理中です...