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一章
34、甘えられて【1】
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よほど団長のことが怖かったのか、レナーテは俺にぴったりとくっついてくる。
ベンチは横長で、それなりに幅があるのに。密着状態だ。
「狭いよ? レナーテ」
「いいんです」
さらにぐいっと身を寄せて、今度は俺の腕にしがみついてきた。
まだ朝なので、さほど気温は高くなく。しかも蒼く澄んだ湖面を撫でる風は涼しいので、彼女と密着している部分がより温かく感じられる。
結婚前は感じたことのない温もりだ。
寄せては返す波の音。小石の浜をさらさらと洗うさざ波に、水鳥がのんびりと浮かんでいる。
俺は水鳥を眺めるレナーテの横顔を見つめていた。
「林檎、どうする?」
「いただきます」
そう言うものの、レナーテはフォークに手を伸ばそうとしない。さすがに団長が口に入れた物を使う気にはなれないか。
膝に両手を揃えて置いて、なぜか俺の顔を見上げている。
「えーと、何かな?」
「食べさせてくださるのを、待っているんです」
え? ええ? 何それ、何だそれは。
一瞬、頭の中が混乱した。
これはレナーテの悪い冗談か? だが彼女の瞳に、からかうような色は見られない。
「だって、団長さんに食べさせられそうになったんですもの」
「うん、そうだな。あれは酷かった。無理強いはないよな、俺の嫁に」
「そうなんです。わたしはエルヴィンさまの妻なんですから。ああいうのは、他の男性にされたくないんです」
どぎゅん、と胸を貫く音がした。
乙女ではないので「きゅん」でも「とくん」でもない。武骨な自分に似合いの無粋な音なのだが。
確かに胸がときめいたんだ。
待て。ちょっと考える時間をください、我が妻よ。これはあれか? レナーテは俺に甘えているのか?
俺は結婚前にレナーテを街で見かけて、ときめくことはあったが。
なぜだ。結婚してさほど日も経っていないのに。どうしてこんなに、ときめきまくるんだ。
ああ、混乱して脳内の言葉がおかしくなっている。
「団長さんは、エルヴィンさまの上官ですから。妻であるわたしは林檎を受け入れないといけないかもと思ったんです。でも、無理だったの。どうしても唇が開かなくて、まるで糊でくっつけたみたいにぴったりとくっついて」
うんうん。そうだよ、レナーテ。いくら上官だろうと媚びる必要はないんだ。
「わたし、エルヴィンさま以外は……無理なんです。他の殿方に触れられたくないんです」
「俺なら、平気なのか?」
レナーテは頬を染めてうなずいた。彼女の琥珀色の柔らかな髪がふわりと風に揺れた。
「恥ずかしいですけれど。エルヴィンさまなら」
「お、俺は……その、あなたに無茶をするぞ」
赤らんだ頬のまま、ふるふるとレナーテは首を振る。
「いいの。エルヴィンさまですもの」
今度は「どぎゅんご」という音がした。
天に召されるかと思った。
ありがとう神さま。俺は教会に礼拝にもいかないが。
レナーテと同じ時代、同じ国、同じ街に生きることができたことを感謝しよう。
ついでに団長、レナーテを怖がらせたことは許せないが。今のこの状況に関してだけは礼を言うよ。
ベンチは横長で、それなりに幅があるのに。密着状態だ。
「狭いよ? レナーテ」
「いいんです」
さらにぐいっと身を寄せて、今度は俺の腕にしがみついてきた。
まだ朝なので、さほど気温は高くなく。しかも蒼く澄んだ湖面を撫でる風は涼しいので、彼女と密着している部分がより温かく感じられる。
結婚前は感じたことのない温もりだ。
寄せては返す波の音。小石の浜をさらさらと洗うさざ波に、水鳥がのんびりと浮かんでいる。
俺は水鳥を眺めるレナーテの横顔を見つめていた。
「林檎、どうする?」
「いただきます」
そう言うものの、レナーテはフォークに手を伸ばそうとしない。さすがに団長が口に入れた物を使う気にはなれないか。
膝に両手を揃えて置いて、なぜか俺の顔を見上げている。
「えーと、何かな?」
「食べさせてくださるのを、待っているんです」
え? ええ? 何それ、何だそれは。
一瞬、頭の中が混乱した。
これはレナーテの悪い冗談か? だが彼女の瞳に、からかうような色は見られない。
「だって、団長さんに食べさせられそうになったんですもの」
「うん、そうだな。あれは酷かった。無理強いはないよな、俺の嫁に」
「そうなんです。わたしはエルヴィンさまの妻なんですから。ああいうのは、他の男性にされたくないんです」
どぎゅん、と胸を貫く音がした。
乙女ではないので「きゅん」でも「とくん」でもない。武骨な自分に似合いの無粋な音なのだが。
確かに胸がときめいたんだ。
待て。ちょっと考える時間をください、我が妻よ。これはあれか? レナーテは俺に甘えているのか?
俺は結婚前にレナーテを街で見かけて、ときめくことはあったが。
なぜだ。結婚してさほど日も経っていないのに。どうしてこんなに、ときめきまくるんだ。
ああ、混乱して脳内の言葉がおかしくなっている。
「団長さんは、エルヴィンさまの上官ですから。妻であるわたしは林檎を受け入れないといけないかもと思ったんです。でも、無理だったの。どうしても唇が開かなくて、まるで糊でくっつけたみたいにぴったりとくっついて」
うんうん。そうだよ、レナーテ。いくら上官だろうと媚びる必要はないんだ。
「わたし、エルヴィンさま以外は……無理なんです。他の殿方に触れられたくないんです」
「俺なら、平気なのか?」
レナーテは頬を染めてうなずいた。彼女の琥珀色の柔らかな髪がふわりと風に揺れた。
「恥ずかしいですけれど。エルヴィンさまなら」
「お、俺は……その、あなたに無茶をするぞ」
赤らんだ頬のまま、ふるふるとレナーテは首を振る。
「いいの。エルヴィンさまですもの」
今度は「どぎゅんご」という音がした。
天に召されるかと思った。
ありがとう神さま。俺は教会に礼拝にもいかないが。
レナーテと同じ時代、同じ国、同じ街に生きることができたことを感謝しよう。
ついでに団長、レナーテを怖がらせたことは許せないが。今のこの状況に関してだけは礼を言うよ。
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