25 / 77
一章
25、緊張の夕暮れ【1】
しおりを挟む
お湯が熱いわけではないんです。なのに、顔が火照ってしまって。どうしようもないの。
だって、エルヴィンさまもわたしも裸のままで向かい合って。わたしはエルヴィンさまの膝に横向きに座っているんですもの。
互いに無言で、ただ天井から落ちる水滴の音だけが聞こえて。いつ髪や体を洗ったのか、いつお風呂から上がったのか覚えていないんです。
「まだ夕食には早いな」
お風呂から上がったエルヴィンさまは、濡れた頭にタオルを被せたままで懐中時計を手に取りました。
脱衣所も二人用には作られていないので、わたしはお湯に浸かったままで彼の様子を眺めています。
だってエルヴィンさま、扉を閉めてくださらないんですもの。
金色に輝く懐中時計の蓋をパチンと閉めると、エルヴィンさまがこちらに目を向けました。
これは呼ばれます。鈍いわたしでも察しはつきます。
「おいで、レナーテ」
き、来ました。わたしはタオルに手を伸ばし、体に巻きました。
エルヴィンさまは『少し先に進む』と仰いましたけど。キスの先を考えるだけで、緊張します。
わたしだって、まったく知識がないわけではないですから。
脱衣所に向かったわたしを、エルヴィンさまは乾いた新しいタオルで包んでくださいました。そのまま、髪をわしゃわしゃと拭いてくださいます。
その力強さに、首がもげてしまいそう。
「うわ、しまった。つい自分の髪の感覚で。レナーテの髪は細くて柔らかいから、絡まってしまうんだな」
「平気ですよ。櫛で梳かしますから」
「それは、俺がしない方がいいな。きっと髪が切れてしまう」
エルヴィンさまは困ったように、ひたいを手で押さえました。
あの、大丈夫なんですけど。子どもの頃はメイドに髪を拭いてもらっていましたけど。でも、ある程度の年齢になってからは自分で拭いていますし。
でも、エルヴィンさまがこうして手を貸してくださるのは、わたしが頼りなく見えるからでしょうか。
◇◇◇
俺は指に絡んだレナーテの髪をほどいた。それにしても細くて柔らかな髪だ。
湯上りの彼女の肌からは、うっすらと湯気が立っている。
俺よりも随分と身長が低くて、体も細いものだから。つい子ども扱いしてしまうが。もう十八なので成人年齢なんだよな。
「エルヴィンさま。あの、後ろを向いていてもらえますか? 着替えますので」
「いや、それは必要ない」
「でも、着替えを見られるのはさすがに……」
「着替えが必要ないと言ったんだよ」
「なぜ?」という言葉を封じるために、俺はレナーテの唇に人差し指を当てた。
彼女はその意味を察したようで、恥じらうようにうつむいた。長い睫毛が微かに震えている。
俺のしようとしていることは、すべて彼女を脅えさせてしまう。
レナーテ自身が知らなかった官能を引き出してしまうのだから。恐ろしくても仕方がないだろう。
体にタオルを巻いた彼女を横抱きにして、そのまま廊下を進み階段を上がる。外は豪奢な夕焼け空が広がっているのだろう。寝室は窓から差し込む光のせいで華やいでいた。
元は白いシーツなのに。夕暮れの所為で薔薇色や薄紫色に染まって見える。
レナーテをそっとベッドに降ろして、俺はゆっくりと彼女のタオルを取り去った。
だって、エルヴィンさまもわたしも裸のままで向かい合って。わたしはエルヴィンさまの膝に横向きに座っているんですもの。
互いに無言で、ただ天井から落ちる水滴の音だけが聞こえて。いつ髪や体を洗ったのか、いつお風呂から上がったのか覚えていないんです。
「まだ夕食には早いな」
お風呂から上がったエルヴィンさまは、濡れた頭にタオルを被せたままで懐中時計を手に取りました。
脱衣所も二人用には作られていないので、わたしはお湯に浸かったままで彼の様子を眺めています。
だってエルヴィンさま、扉を閉めてくださらないんですもの。
金色に輝く懐中時計の蓋をパチンと閉めると、エルヴィンさまがこちらに目を向けました。
これは呼ばれます。鈍いわたしでも察しはつきます。
「おいで、レナーテ」
き、来ました。わたしはタオルに手を伸ばし、体に巻きました。
エルヴィンさまは『少し先に進む』と仰いましたけど。キスの先を考えるだけで、緊張します。
わたしだって、まったく知識がないわけではないですから。
脱衣所に向かったわたしを、エルヴィンさまは乾いた新しいタオルで包んでくださいました。そのまま、髪をわしゃわしゃと拭いてくださいます。
その力強さに、首がもげてしまいそう。
「うわ、しまった。つい自分の髪の感覚で。レナーテの髪は細くて柔らかいから、絡まってしまうんだな」
「平気ですよ。櫛で梳かしますから」
「それは、俺がしない方がいいな。きっと髪が切れてしまう」
エルヴィンさまは困ったように、ひたいを手で押さえました。
あの、大丈夫なんですけど。子どもの頃はメイドに髪を拭いてもらっていましたけど。でも、ある程度の年齢になってからは自分で拭いていますし。
でも、エルヴィンさまがこうして手を貸してくださるのは、わたしが頼りなく見えるからでしょうか。
◇◇◇
俺は指に絡んだレナーテの髪をほどいた。それにしても細くて柔らかな髪だ。
湯上りの彼女の肌からは、うっすらと湯気が立っている。
俺よりも随分と身長が低くて、体も細いものだから。つい子ども扱いしてしまうが。もう十八なので成人年齢なんだよな。
「エルヴィンさま。あの、後ろを向いていてもらえますか? 着替えますので」
「いや、それは必要ない」
「でも、着替えを見られるのはさすがに……」
「着替えが必要ないと言ったんだよ」
「なぜ?」という言葉を封じるために、俺はレナーテの唇に人差し指を当てた。
彼女はその意味を察したようで、恥じらうようにうつむいた。長い睫毛が微かに震えている。
俺のしようとしていることは、すべて彼女を脅えさせてしまう。
レナーテ自身が知らなかった官能を引き出してしまうのだから。恐ろしくても仕方がないだろう。
体にタオルを巻いた彼女を横抱きにして、そのまま廊下を進み階段を上がる。外は豪奢な夕焼け空が広がっているのだろう。寝室は窓から差し込む光のせいで華やいでいた。
元は白いシーツなのに。夕暮れの所為で薔薇色や薄紫色に染まって見える。
レナーテをそっとベッドに降ろして、俺はゆっくりと彼女のタオルを取り去った。
1
お気に入りに追加
1,872
あなたにおすすめの小説

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる