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一章
23、妄想、大暴走
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頭を抱えた俺の脳内で、レナーテを誘い出した男が勝手に暴走を始めた。
つまり単なる妄想だ。
朽ち果てた小屋に連れ込まれたレナーテ。(もちろん俺の空想だ。そしてとてもゲスい)
「あのー、こちらに苦しんでいるおばあさんがいらっしゃるはずでは?」
男にだまされたレナーテは、小屋の中をきょろきょろと見まわすことだろう。
「ああ、苦しんでいるさ。だが、ばあさんじゃないんだ」
「では、どなたが? 必要でしたら、お薬をお持ちしますけど」
レナーテ、よく見ろ。周囲にあるのは農具と積まれた藁だけだ。
こんなところに具合の悪い老女がいるわけないだろう。
「苦しんでいるのは、俺の息子なんだよ」
「まぁ、大変。お子さまが? 少々お待ちくださいね、お医者さまを呼んでまいります。あなたはお子さんを看病なさってください」
「俺の息子を癒せるのは、医者じゃなくてあんただよ」
ひーっ。
俺は思わず悲鳴を上げそうになった。
きっとその男は「息子はここにいるんだ。触ってみな」とか品のない言葉を吐くんだ。
やめろ。逃げるんだ、レナーテ。
なのに、この子は逃げ足も遅いから。きっと捕まるんだ。
そして、下卑た男にのしかかられて。
小汚い手がレナーテの頬に触れて。無精ひげの伸びた顔が、レナーテの柔らかな胸に押しつけられて。
駄目だ。そいつのことをぶっ殺す。
俺は歯軋りをしつつ、湯の中で拳を握りしめた。
ああ、レナーテ。だから、普段からもっと他人を疑って警戒しないと。男なんて皆、ケダモノだ。
君が信じていいのは俺だけなのに。
男に服を破られて泣いているレナーテを想像しただけで、俺は悲しさのあまり涙が滲んだ。
「エルヴィンさま。具合でも悪いんですか?」
「うわっ」
突然声を掛けられて、俺は驚いて顔を上げた。屈みこんだレナーテが、俺の顔を覗きこんでいる。
もちろん、誰にも襲われていない。シャワーでしっとりと濡れた髪、タオルで胸や体を隠してはいるが、肩には水滴が残っているのが見える。
「あの、泣いてらっしゃいます?」
泣いているさ。想像の中で君が襲われたのだからな。
◇◇◇
どうなさったのでしょう。
わたしに湯に浸かるように仰ったエルヴィンさま。今は背後にぴったりとくっついて、わたしを抱きしめていらっしゃいます。
逞しい腕が、直にわたしの胸の下辺りを拘束して。
困りました。身動きが取れません。
しかも、なぜかわたしの肩に顔を埋めて肩を震わせていらっしゃるの。
「本当に大丈夫ですか? 先に上がった方がよろしいのでは?」
「……嫌だ」
再び困りました。わたしよりも随分と大人で、副団長という立派な立場で、心身ともに逞しいエルヴィンさまが、こんな風にか弱そうなふるまいを。
お仕事で嫌なことがあったのを思い出したのでしょうか。それとも、つらい過去でも甦ったのでしょうか。
昨日、結婚したばかりのわたしには立ち入る隙がありません。
お一人にして差し上げた方がいいのかしら。
でも、わたしはこの方の妻になったのです。放っておくこともできません。
窮屈な腕の中で身をよじり、湯気で湿ったエルヴィンさまの髪をわたしは撫でました。そっと、優しく。
「お一人で悩まないでください。悩みを打ち明けてほしいとまでは申しません。でも、エルヴィンさまが苦しんでいらっしゃるのが、つらいんです」
「レナーテ」
わたしは指先で、彼の目許をそっと拭いました。
「レナーテ。これから時間のある時は、湖畔を歩こうな。勿論、君一人では駄目だ。危険だから、俺と一緒に」
「歩くのですか?」
「体力がついたら早歩きで、そして慣れたら徐々に走っていこう。そうだ、非力な君でもできる護衛の方法を探しておこう」
あの、仰っている内容と涙の理由が繋がりません。
つまり単なる妄想だ。
朽ち果てた小屋に連れ込まれたレナーテ。(もちろん俺の空想だ。そしてとてもゲスい)
「あのー、こちらに苦しんでいるおばあさんがいらっしゃるはずでは?」
男にだまされたレナーテは、小屋の中をきょろきょろと見まわすことだろう。
「ああ、苦しんでいるさ。だが、ばあさんじゃないんだ」
「では、どなたが? 必要でしたら、お薬をお持ちしますけど」
レナーテ、よく見ろ。周囲にあるのは農具と積まれた藁だけだ。
こんなところに具合の悪い老女がいるわけないだろう。
「苦しんでいるのは、俺の息子なんだよ」
「まぁ、大変。お子さまが? 少々お待ちくださいね、お医者さまを呼んでまいります。あなたはお子さんを看病なさってください」
「俺の息子を癒せるのは、医者じゃなくてあんただよ」
ひーっ。
俺は思わず悲鳴を上げそうになった。
きっとその男は「息子はここにいるんだ。触ってみな」とか品のない言葉を吐くんだ。
やめろ。逃げるんだ、レナーテ。
なのに、この子は逃げ足も遅いから。きっと捕まるんだ。
そして、下卑た男にのしかかられて。
小汚い手がレナーテの頬に触れて。無精ひげの伸びた顔が、レナーテの柔らかな胸に押しつけられて。
駄目だ。そいつのことをぶっ殺す。
俺は歯軋りをしつつ、湯の中で拳を握りしめた。
ああ、レナーテ。だから、普段からもっと他人を疑って警戒しないと。男なんて皆、ケダモノだ。
君が信じていいのは俺だけなのに。
男に服を破られて泣いているレナーテを想像しただけで、俺は悲しさのあまり涙が滲んだ。
「エルヴィンさま。具合でも悪いんですか?」
「うわっ」
突然声を掛けられて、俺は驚いて顔を上げた。屈みこんだレナーテが、俺の顔を覗きこんでいる。
もちろん、誰にも襲われていない。シャワーでしっとりと濡れた髪、タオルで胸や体を隠してはいるが、肩には水滴が残っているのが見える。
「あの、泣いてらっしゃいます?」
泣いているさ。想像の中で君が襲われたのだからな。
◇◇◇
どうなさったのでしょう。
わたしに湯に浸かるように仰ったエルヴィンさま。今は背後にぴったりとくっついて、わたしを抱きしめていらっしゃいます。
逞しい腕が、直にわたしの胸の下辺りを拘束して。
困りました。身動きが取れません。
しかも、なぜかわたしの肩に顔を埋めて肩を震わせていらっしゃるの。
「本当に大丈夫ですか? 先に上がった方がよろしいのでは?」
「……嫌だ」
再び困りました。わたしよりも随分と大人で、副団長という立派な立場で、心身ともに逞しいエルヴィンさまが、こんな風にか弱そうなふるまいを。
お仕事で嫌なことがあったのを思い出したのでしょうか。それとも、つらい過去でも甦ったのでしょうか。
昨日、結婚したばかりのわたしには立ち入る隙がありません。
お一人にして差し上げた方がいいのかしら。
でも、わたしはこの方の妻になったのです。放っておくこともできません。
窮屈な腕の中で身をよじり、湯気で湿ったエルヴィンさまの髪をわたしは撫でました。そっと、優しく。
「お一人で悩まないでください。悩みを打ち明けてほしいとまでは申しません。でも、エルヴィンさまが苦しんでいらっしゃるのが、つらいんです」
「レナーテ」
わたしは指先で、彼の目許をそっと拭いました。
「レナーテ。これから時間のある時は、湖畔を歩こうな。勿論、君一人では駄目だ。危険だから、俺と一緒に」
「歩くのですか?」
「体力がついたら早歩きで、そして慣れたら徐々に走っていこう。そうだ、非力な君でもできる護衛の方法を探しておこう」
あの、仰っている内容と涙の理由が繋がりません。
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