初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

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一章

22、風呂に入ろう【2】

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 レナーテはなかなか脱衣所から出てこない。
 まぁ、恥ずかしいんだろうな。気持ちは分かるのだが。

 俺はすでに彼女の素肌をくまなく見ているから、今更な気もするのだが。
 多分、それを言うとレナーテは一緒に風呂に入ってくれない気がする。

「今から十数える。それまでに入って来なさい」
「え、あの。十を過ぎてしまったら、どうなりますか?」

 聞こえる声がかすかに震えている。うーん、そうだなぁ。お仕置き、か。
 レナーテが脅えない程度で尚且つ彼女が言うことを聞きそうなことって、なんだ。
 恥ずかしいことをする? いや、だがそれをお仕置きにしてしまうと、今度はキスから先に進めなくなる。
 
 浴槽の中で腕を組むと、天井からぽたりと落ちた水滴が湯面に吸い込まれていった。

「そうだなぁ。俺が林檎を剥く時にすべての皮を取ってしまう」
「そ、そんな」

 扉の向こうから聞こえる、か細い声。ああ、可哀想なレナーテ。君は今、想像しているのだな。
 明日からは朝食で、ウサギ林檎が現れないことを。
 ちらっとねだるように俺を見ても、ナイフを器用に扱う俺はするすると林檎の皮をすべて剥いてしまうことを。

「今朝は黄色いウサギ林檎。他にも林檎には緑のや赤いのがあるよなぁ。まぁ俺は全部剥いてしまうが。ではカウントするぞ。いーち、にーぃ」
「待ってください。入りますから」

 ごそごそという音。そしてゴツンという派手な音と共に「痛いっ」という声。
 可哀想だとは思うが、俺は数を数えるのをやめなかった。

「きゅーう、じゅーう」と数え終えた時、とうとう浴室の扉が開かれた。
 室内に籠っていた湯気が、一気に入口の方へ流れていく。
 乳白色にけむった視界。その中を、おずおずと進んでくる人影。長い髪を今はまとめて、細い体の線がぼんやりと見える。
 
「あの、間に合いましたか?」

 問いかけてくるレナーテは、さすがにタオルを体に巻いていた。湯気が晴れて、湯に浸かる俺の体がよく見えるせいか彼女はすぐに視線を外してしまった。

 間に合ったよ、レナーテ。恥ずかしかっただろうに、よく決断したな。
 
 風呂場にはシャワーがついている。筒状の金属の箱に湯を溜めて、紐を引っ張れば細かな水滴が落ちてくるものだ。

「エルヴィンさま。見ないでくださいね」
「約束はできないなぁ」
「約束してください」
「……はい」

 さすがにシャワーを使う時はタオルを外さなければならない。困ったレナーテは、俺に背中を向けて紐を引っ張った。
 君ね、可愛いお尻が丸見えだから。まぁ、決して教えはしないけど。

「あのー、エルヴィンさま。見てないですよね」
「うん、見ていないよ」

 肩越しにレナーテがこちらを振り返ったので、俺は慌てて目を手で覆った。レナーテは安心したように、再びシャワーの紐を引っ張る。

 なぜ信じる! 少しは疑いなさい。
 今の俺は、悪い大人なんだぞ。

 ああ、もう。もやもやする。厳格な修道女の教えの所為なのか? 或いはレナーテ自身の特質なのか? もし、レナーテが教会学校ではなく、普通の学校に通っていたとしたら。
 親切ぶった男の言葉、あるいは哀れを装った男の言葉を信じて、そいつについて行って、襲われでもしたら。

 考えるだけでも恐ろしい。
 俺は頭を抱えた。
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