初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

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一章

17、俺は大丈夫だから

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 レナーテが突然倒れたのは、戦で俺が捕虜となって反抗的な態度を取って、危害を加えられることを想像したせいだと、俺はようやく気づいた。

「神殿騎士団と違い、俺たちの騎士団は戦はほとんどないと言っただろ?」
「でも……」

 なおも不安そうに眉を下げているレナーテは、ベッドで上体を起こして俺に抱きついてくる。
 その細い肩は、小刻みに震えている。
 本当に俺のことを案じてくれているのだ。

 ああ、なんと愛らしいんだ。
 可愛すぎて目眩がする。君は俺の天使だ。

「レナーテ。俺は大丈夫だから」

 ベッドに腰を下ろした俺は、彼女の頬に手を添えて顔を寄せた。レナーテは瞼を閉じて、俺を待っている。儚げに震える長い睫毛。
 俺はまず、彼女の瞼にキスを落とした。
 次に重なり合う唇。柔らかい、柔らかすぎる。マシュマロか。

 一度だけで済ませようと思っていたが、我慢できずに二度、三度とくちづけを交わす。
 さすがに舌は入れない。なのに。

「ん……っ」

 くぐもったレナーテの声に、抑えが効かなくなりそうだ。扉の向こうから、談笑する部下の声が聞こえる。
 そうだ、ここは詰所だ。待て、俺。落ち着け。
 いくら妻が可愛いからといっても、職場でしていいことと悪いことがある。
 つまり家なら、していいということだ。

「帰ろう、レナーテ」
「は、はい?」

 彼女の両肩を掴み、無理矢理引き剥がす。ベッドから彼女を片腕で抱え上げて、もう片方の手で背中を支えてやる。持参した書類を小脇に抱えて再び扉を足で開ける。
 いかんな。結婚してから、どうにも行儀が悪い。

「これ、団長に頼まれていた書類だ。渡しておいてくれ」

 派手な音を立てて扉が開いたせいで、詰所にいた騎士が一斉に椅子から立ち上がって俺の周囲に寄って来る。

「レナーテさん、ですよね、その子。具合、そんなに悪いんですか?」
「今、医者を呼んできますよ」

「いや、不要だ。家に帰って休ませる」

 俺に抱き上げられたレナーテは混乱した様子で、何も言うことができずにいる。それはそうだろう。彼女が気を失っている間に詰所に来たのだ。いきなり騎士に囲まれて混乱しているに違いない。

「うわぁ、可愛いですね。まだ学生さんみたいだ」
「副団長と年の差いくつですか。よく結婚を承諾しましたね」
「俺、あなたのことを街で見かけたことありますよ。俺のこと、覚えてませんか?」

「あの、えっと……その」

 いきなり男に囲まれたレナーテは、脅えた様子で俺の頭にしがみついてくる。
 可哀想だと思う反面、俺を頼ってすがりついてくれるのが、とてつもなく嬉しい。

「あ、あのぉ、エルヴィンさま。どうしたら……」

 俺の顔を覗きこんでくるレナーテは、すでに涙目だ。
 いかん、こんなか弱い彼女を武骨な騎士どもに見せるわけにはいかん。お前らには勿体ない。レナーテのすべての表情は、俺だけのものだ。

 自分がこんなにも大人げない性格だったとは、生まれて初めて知った。
 
「えー、副団長。もう帰るんですかぁ」だの「レナーテさんとお話させてくださいよ」との文句が俺の背中に飛んでくる。
 レナーテは、ようやく彼らが俺の部下であることを悟ったらしい。

「レナーテと申します。初めまして。あの、高い位置から失礼します」

 俺の腕に抱えられたまま、レナーテはぺこりと頭を下げた。
 一瞬の沈黙。
 うん、分かるぞ。お前ら、胸を射抜かれるなよ。この天使は俺のだ。
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