17 / 77
一章
17、俺は大丈夫だから
しおりを挟む
レナーテが突然倒れたのは、戦で俺が捕虜となって反抗的な態度を取って、危害を加えられることを想像したせいだと、俺はようやく気づいた。
「神殿騎士団と違い、俺たちの騎士団は戦はほとんどないと言っただろ?」
「でも……」
なおも不安そうに眉を下げているレナーテは、ベッドで上体を起こして俺に抱きついてくる。
その細い肩は、小刻みに震えている。
本当に俺のことを案じてくれているのだ。
ああ、なんと愛らしいんだ。
可愛すぎて目眩がする。君は俺の天使だ。
「レナーテ。俺は大丈夫だから」
ベッドに腰を下ろした俺は、彼女の頬に手を添えて顔を寄せた。レナーテは瞼を閉じて、俺を待っている。儚げに震える長い睫毛。
俺はまず、彼女の瞼にキスを落とした。
次に重なり合う唇。柔らかい、柔らかすぎる。マシュマロか。
一度だけで済ませようと思っていたが、我慢できずに二度、三度とくちづけを交わす。
さすがに舌は入れない。なのに。
「ん……っ」
くぐもったレナーテの声に、抑えが効かなくなりそうだ。扉の向こうから、談笑する部下の声が聞こえる。
そうだ、ここは詰所だ。待て、俺。落ち着け。
いくら妻が可愛いからといっても、職場でしていいことと悪いことがある。
つまり家なら、していいということだ。
「帰ろう、レナーテ」
「は、はい?」
彼女の両肩を掴み、無理矢理引き剥がす。ベッドから彼女を片腕で抱え上げて、もう片方の手で背中を支えてやる。持参した書類を小脇に抱えて再び扉を足で開ける。
いかんな。結婚してから、どうにも行儀が悪い。
「これ、団長に頼まれていた書類だ。渡しておいてくれ」
派手な音を立てて扉が開いたせいで、詰所にいた騎士が一斉に椅子から立ち上がって俺の周囲に寄って来る。
「レナーテさん、ですよね、その子。具合、そんなに悪いんですか?」
「今、医者を呼んできますよ」
「いや、不要だ。家に帰って休ませる」
俺に抱き上げられたレナーテは混乱した様子で、何も言うことができずにいる。それはそうだろう。彼女が気を失っている間に詰所に来たのだ。いきなり騎士に囲まれて混乱しているに違いない。
「うわぁ、可愛いですね。まだ学生さんみたいだ」
「副団長と年の差いくつですか。よく結婚を承諾しましたね」
「俺、あなたのことを街で見かけたことありますよ。俺のこと、覚えてませんか?」
「あの、えっと……その」
いきなり男に囲まれたレナーテは、脅えた様子で俺の頭にしがみついてくる。
可哀想だと思う反面、俺を頼ってすがりついてくれるのが、とてつもなく嬉しい。
「あ、あのぉ、エルヴィンさま。どうしたら……」
俺の顔を覗きこんでくるレナーテは、すでに涙目だ。
いかん、こんなか弱い彼女を武骨な騎士どもに見せるわけにはいかん。お前らには勿体ない。レナーテのすべての表情は、俺だけのものだ。
自分がこんなにも大人げない性格だったとは、生まれて初めて知った。
「えー、副団長。もう帰るんですかぁ」だの「レナーテさんとお話させてくださいよ」との文句が俺の背中に飛んでくる。
レナーテは、ようやく彼らが俺の部下であることを悟ったらしい。
「レナーテと申します。初めまして。あの、高い位置から失礼します」
俺の腕に抱えられたまま、レナーテはぺこりと頭を下げた。
一瞬の沈黙。
うん、分かるぞ。お前ら、胸を射抜かれるなよ。この天使は俺のだ。
「神殿騎士団と違い、俺たちの騎士団は戦はほとんどないと言っただろ?」
「でも……」
なおも不安そうに眉を下げているレナーテは、ベッドで上体を起こして俺に抱きついてくる。
その細い肩は、小刻みに震えている。
本当に俺のことを案じてくれているのだ。
ああ、なんと愛らしいんだ。
可愛すぎて目眩がする。君は俺の天使だ。
「レナーテ。俺は大丈夫だから」
ベッドに腰を下ろした俺は、彼女の頬に手を添えて顔を寄せた。レナーテは瞼を閉じて、俺を待っている。儚げに震える長い睫毛。
俺はまず、彼女の瞼にキスを落とした。
次に重なり合う唇。柔らかい、柔らかすぎる。マシュマロか。
一度だけで済ませようと思っていたが、我慢できずに二度、三度とくちづけを交わす。
さすがに舌は入れない。なのに。
「ん……っ」
くぐもったレナーテの声に、抑えが効かなくなりそうだ。扉の向こうから、談笑する部下の声が聞こえる。
そうだ、ここは詰所だ。待て、俺。落ち着け。
いくら妻が可愛いからといっても、職場でしていいことと悪いことがある。
つまり家なら、していいということだ。
「帰ろう、レナーテ」
「は、はい?」
彼女の両肩を掴み、無理矢理引き剥がす。ベッドから彼女を片腕で抱え上げて、もう片方の手で背中を支えてやる。持参した書類を小脇に抱えて再び扉を足で開ける。
いかんな。結婚してから、どうにも行儀が悪い。
「これ、団長に頼まれていた書類だ。渡しておいてくれ」
派手な音を立てて扉が開いたせいで、詰所にいた騎士が一斉に椅子から立ち上がって俺の周囲に寄って来る。
「レナーテさん、ですよね、その子。具合、そんなに悪いんですか?」
「今、医者を呼んできますよ」
「いや、不要だ。家に帰って休ませる」
俺に抱き上げられたレナーテは混乱した様子で、何も言うことができずにいる。それはそうだろう。彼女が気を失っている間に詰所に来たのだ。いきなり騎士に囲まれて混乱しているに違いない。
「うわぁ、可愛いですね。まだ学生さんみたいだ」
「副団長と年の差いくつですか。よく結婚を承諾しましたね」
「俺、あなたのことを街で見かけたことありますよ。俺のこと、覚えてませんか?」
「あの、えっと……その」
いきなり男に囲まれたレナーテは、脅えた様子で俺の頭にしがみついてくる。
可哀想だと思う反面、俺を頼ってすがりついてくれるのが、とてつもなく嬉しい。
「あ、あのぉ、エルヴィンさま。どうしたら……」
俺の顔を覗きこんでくるレナーテは、すでに涙目だ。
いかん、こんなか弱い彼女を武骨な騎士どもに見せるわけにはいかん。お前らには勿体ない。レナーテのすべての表情は、俺だけのものだ。
自分がこんなにも大人げない性格だったとは、生まれて初めて知った。
「えー、副団長。もう帰るんですかぁ」だの「レナーテさんとお話させてくださいよ」との文句が俺の背中に飛んでくる。
レナーテは、ようやく彼らが俺の部下であることを悟ったらしい。
「レナーテと申します。初めまして。あの、高い位置から失礼します」
俺の腕に抱えられたまま、レナーテはぺこりと頭を下げた。
一瞬の沈黙。
うん、分かるぞ。お前ら、胸を射抜かれるなよ。この天使は俺のだ。
12
お気に入りに追加
1,872
あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。
そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。
相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。
トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。
あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。
ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。
そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが…
追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。
今更ですが、閲覧の際はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる