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一章
13、君は俺が好きだから
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俺は床に座り込んだまま、椅子に腰を下ろすレナーテを抱きしめていた。
この家には、今は他に誰もいないが。もし騎士団の仲間にでもこの状態を見られたら「副団長は、そこまで花嫁に惚れ込んでいるのですか」「デレデレですね。見ているこっちが恥ずかしいですよ」などと言われそうだ。
ああ、そうだとも。何とでも言うがいい。
馬鹿にされようが、茶化されようが俺は気にしない。(レナーテは気にするかもしれないから、それは申し訳ないのだが)
それにしても、レナーテはいい香りがする。
彼女は花の香りだと主張するが、そうではない。
昨夜、レナーテの全身にくちづけたが。その時にも感じた匂いだ。
甘く魅惑的で、俺を誘う。
そう、まるで「抱いてください」とでも言わんばかりに。
無論、彼女は自らそんなことを申し出るはずはない。なのに……。
「ねぇ、エルヴィンさま」
柔らかな声で俺の名を呼ぶと、レナーテが上体を屈めてきた。ちょうど彼女の腿と胸が、俺の頭を包むような格好だ。
待て、待て待て。
これは……なかなかに恥ずかしいのではなかろうか。
だが柔らかくて温かくて、しなやかなレナーテの指が俺の頭や耳を撫でて。彼女の甘い香りまでして。
ふわりと、春風が俺の頬を撫でた気がした。
ほんの微かだけれど、確かに風が吹いた。
いや、今はもう夏に近い。だが、この感触は。
「レナーテ。もしかして、君……今」
「いえ、いえ何も。わたし、何もしていませんっ」
いや、何かしたかを詰問しているわけではないが。
この頬をかすめた柔らかさは……レナーテの唇ではないのか?
俺はもしかしてキスされたのか?
ゆうべ、あれだけ彼女にキスしたというのに。反対に自分がされたと分かったとたん、顔が火を噴いたかと思った。
◇◇◇
どうしましょう。わたし、エルヴィンさまにキスをしてしまいました。
確かに昨夜は……いえ、朝までたくさんキスされましたけど。
唇も重ねました。胸にも……お腹にも脚にも、お、お尻はされてませんよ。
でも、彼のくちづけに応じるだけで。わたしの方からは一度もしていないの。
なのに、どうして今になって自分からキスを?
分かりません。どうしてしまったの、わたし。
膝に顔を置いてもたれかかるエルヴィンさまのことが、とても愛おしく思えて。しかも凛々しい殿方ですのに。騎士団で副団長を務める立派な方ですのに。
なぜ、あなたを守りたいような気持ちになるのでしょう。
「ねぇ、エルヴィンさま。お食事にしましょう?」
「う……うん」
答えるエルヴィンさまの耳は真っ赤で、触れているわたしの指先にも熱が伝わってきます。
その後の朝食は、多分とてもぎこちなかったと思います。
エルヴィンさまが器用にナイフで林檎を剥いてくださって。「騎士だから刃物は慣れているんだ」なんて仰りながら、出来上がった林檎にはウサギの耳がついていました。
「まぁ、なんて愛らしいんでしょう」
整然と並んだウサギ林檎は、まるで隊列を組んでいるようです。
パンにバターと蜂蜜をつけて食べるのですが、ウサギ林檎はもったいなくて食べられません。
黄色い皮の耳をつけた林檎。ああ、可愛すぎです。
「早く食べないと林檎の色が変わってしまうぞ」
「保存できないかしら」
「また剥いてあげるから、食べなさい」
そう仰ると、向かいの席に座るエルヴィンさまがウサギ林檎を差し出しました。
わたしは口を開いて、愛らしいウサギをひとくち齧ります。
林檎を差し出したまま、エルヴィンさまはまた頬を染めていらっしゃいます。よく日に焼けていらっしゃるけど、分かるんです。
この家には、今は他に誰もいないが。もし騎士団の仲間にでもこの状態を見られたら「副団長は、そこまで花嫁に惚れ込んでいるのですか」「デレデレですね。見ているこっちが恥ずかしいですよ」などと言われそうだ。
ああ、そうだとも。何とでも言うがいい。
馬鹿にされようが、茶化されようが俺は気にしない。(レナーテは気にするかもしれないから、それは申し訳ないのだが)
それにしても、レナーテはいい香りがする。
彼女は花の香りだと主張するが、そうではない。
昨夜、レナーテの全身にくちづけたが。その時にも感じた匂いだ。
甘く魅惑的で、俺を誘う。
そう、まるで「抱いてください」とでも言わんばかりに。
無論、彼女は自らそんなことを申し出るはずはない。なのに……。
「ねぇ、エルヴィンさま」
柔らかな声で俺の名を呼ぶと、レナーテが上体を屈めてきた。ちょうど彼女の腿と胸が、俺の頭を包むような格好だ。
待て、待て待て。
これは……なかなかに恥ずかしいのではなかろうか。
だが柔らかくて温かくて、しなやかなレナーテの指が俺の頭や耳を撫でて。彼女の甘い香りまでして。
ふわりと、春風が俺の頬を撫でた気がした。
ほんの微かだけれど、確かに風が吹いた。
いや、今はもう夏に近い。だが、この感触は。
「レナーテ。もしかして、君……今」
「いえ、いえ何も。わたし、何もしていませんっ」
いや、何かしたかを詰問しているわけではないが。
この頬をかすめた柔らかさは……レナーテの唇ではないのか?
俺はもしかしてキスされたのか?
ゆうべ、あれだけ彼女にキスしたというのに。反対に自分がされたと分かったとたん、顔が火を噴いたかと思った。
◇◇◇
どうしましょう。わたし、エルヴィンさまにキスをしてしまいました。
確かに昨夜は……いえ、朝までたくさんキスされましたけど。
唇も重ねました。胸にも……お腹にも脚にも、お、お尻はされてませんよ。
でも、彼のくちづけに応じるだけで。わたしの方からは一度もしていないの。
なのに、どうして今になって自分からキスを?
分かりません。どうしてしまったの、わたし。
膝に顔を置いてもたれかかるエルヴィンさまのことが、とても愛おしく思えて。しかも凛々しい殿方ですのに。騎士団で副団長を務める立派な方ですのに。
なぜ、あなたを守りたいような気持ちになるのでしょう。
「ねぇ、エルヴィンさま。お食事にしましょう?」
「う……うん」
答えるエルヴィンさまの耳は真っ赤で、触れているわたしの指先にも熱が伝わってきます。
その後の朝食は、多分とてもぎこちなかったと思います。
エルヴィンさまが器用にナイフで林檎を剥いてくださって。「騎士だから刃物は慣れているんだ」なんて仰りながら、出来上がった林檎にはウサギの耳がついていました。
「まぁ、なんて愛らしいんでしょう」
整然と並んだウサギ林檎は、まるで隊列を組んでいるようです。
パンにバターと蜂蜜をつけて食べるのですが、ウサギ林檎はもったいなくて食べられません。
黄色い皮の耳をつけた林檎。ああ、可愛すぎです。
「早く食べないと林檎の色が変わってしまうぞ」
「保存できないかしら」
「また剥いてあげるから、食べなさい」
そう仰ると、向かいの席に座るエルヴィンさまがウサギ林檎を差し出しました。
わたしは口を開いて、愛らしいウサギをひとくち齧ります。
林檎を差し出したまま、エルヴィンさまはまた頬を染めていらっしゃいます。よく日に焼けていらっしゃるけど、分かるんです。
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