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一章
12、君はそういう子だったのか
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俺は盛大に混乱していた。
なぜなら、目の前でレナーテが泣きだしたからだ。
家が恋しくなったのだろうか。それならば、後で散歩がてら実家に連れて行ってやろう。
だがレナーテは「捨てないで」と言葉を洩らした。
「さすがにゴミ箱からオレンジを拾うのは、どうかと思うので。そうだな、今籠の中にある分は、勝手に捨てないようにしよう」
「違うの、オレンジじゃないんです」
「では、なんのことだ?」
レナーテはふるふると首を振るが、俺は辛抱強く待った。
仕事柄、待機することが多いので待つのは慣れている。
慣れてはいるのだが……目の前でぽろぽろと涙をこぼす少女を前に待つことは、なかなかにつらい。
小さな彼女の手を両手で包み込み、その滑らかな肌をそっと撫でてやる。
安心しなさい、大丈夫だからと言葉にする代わりに、温もりで伝えてやる。
正直、俺にもそんな芸当ができることに驚いたのだが。レナーテ相手だと、何でもできる気がした。
そう、あなたの為ならば俺は頑張れるんだ。
「いつかわたしが、エルヴィンさまに捨てられると思ったんです」
「はーあ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。いや、わざとじゃないのだが。何故俺が、あなたを? 捨てるなど、とんでもないことだ。むしろあなたが誰かに捨てられていたら、俺は嬉々として拾ってくるぞ。
寒かっただろうと毛布でくるみ、ホットミルクを飲ませてやり……。ん? これでは捨て猫だ。
「エルヴィンさまは、とても素敵な方ですから。昨日は怖くて仕方がなかったのに……。きっと他の女性も、わたしのようにエルヴィンさまの魅力に気づきます。ですから」
「お、おう」
俺の魅力が何かは知らんが、気づいてくれてありがとう。それは、俺を好きになって来たということだろう?
その点に関してはたいそう嬉しいし、誇らしいのだが。
何故に、俺が他の女性に目移りすると考えるんだ?
俺は、はっとした。
もしかしてこの子は、自分のことを過小評価しているのではないか。
あと、俺は別に女性にもてないからな。
色恋沙汰を禁止しつつ、結婚して子どもは産めという矛盾を平気で押しつける厳格な教会学校で育っただけのことはある。
たぶん口で説明しても納得してくれないだろう。
清廉潔白なお嬢さまを面倒くさいという部下は多かった。
なるほど、これか。
だが、俺を好いてくれているからこそ君は悩んでいるのだろう? それはとても光栄なことではないか。
俺は両腕を伸ばすと、椅子に座ったままのレナーテを抱きしめた。
ひざまずく俺の顔が、ちょうど彼女の腹部に当たるというか、顔を埋めた。
ああ、柔らかい。服の布地を通しても、それが分かる。これが素肌なら、どんなにかいいだろう。
「エ、エルヴィンさま。なにを?」
「いい匂いがする。甘い香りだ」
おろおろと手をさまよわせていたレナーテだが、諦めた様子で俺の頭に手を置いた。
「昨夜、ベッドに花が散らされていましたから。きっとその匂いが移ったのだと思います」
「いや、そうじゃないな。レナーテ、手を動かしてくれないか?」
俺の頼みに、戸惑いながらもレナーテはゆっくりと手を動かした。しなやかな指が、俺の硬く短い髪を撫でる。
男の髪に触れたことなどないのだろう。自分の髪の柔らかさとの違いに戸惑ってもいるようだ。
「この香りは、レナーテが俺のことを好きだという香りだな」
「ごめんなさい、何のことか……」
俺は今度は彼女の腿に頬を寄せた。ちょうど横向きになるから、視界の端にレナーテの顔が入る。
彼女は頬を染めながらも、今度は俺の前髪を撫でてくれた。
なんか、犬になった気がする。領主が狩りに連れて行くグレイハウンドとか、そういうタイプの猟犬に。
なぜなら、目の前でレナーテが泣きだしたからだ。
家が恋しくなったのだろうか。それならば、後で散歩がてら実家に連れて行ってやろう。
だがレナーテは「捨てないで」と言葉を洩らした。
「さすがにゴミ箱からオレンジを拾うのは、どうかと思うので。そうだな、今籠の中にある分は、勝手に捨てないようにしよう」
「違うの、オレンジじゃないんです」
「では、なんのことだ?」
レナーテはふるふると首を振るが、俺は辛抱強く待った。
仕事柄、待機することが多いので待つのは慣れている。
慣れてはいるのだが……目の前でぽろぽろと涙をこぼす少女を前に待つことは、なかなかにつらい。
小さな彼女の手を両手で包み込み、その滑らかな肌をそっと撫でてやる。
安心しなさい、大丈夫だからと言葉にする代わりに、温もりで伝えてやる。
正直、俺にもそんな芸当ができることに驚いたのだが。レナーテ相手だと、何でもできる気がした。
そう、あなたの為ならば俺は頑張れるんだ。
「いつかわたしが、エルヴィンさまに捨てられると思ったんです」
「はーあ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。いや、わざとじゃないのだが。何故俺が、あなたを? 捨てるなど、とんでもないことだ。むしろあなたが誰かに捨てられていたら、俺は嬉々として拾ってくるぞ。
寒かっただろうと毛布でくるみ、ホットミルクを飲ませてやり……。ん? これでは捨て猫だ。
「エルヴィンさまは、とても素敵な方ですから。昨日は怖くて仕方がなかったのに……。きっと他の女性も、わたしのようにエルヴィンさまの魅力に気づきます。ですから」
「お、おう」
俺の魅力が何かは知らんが、気づいてくれてありがとう。それは、俺を好きになって来たということだろう?
その点に関してはたいそう嬉しいし、誇らしいのだが。
何故に、俺が他の女性に目移りすると考えるんだ?
俺は、はっとした。
もしかしてこの子は、自分のことを過小評価しているのではないか。
あと、俺は別に女性にもてないからな。
色恋沙汰を禁止しつつ、結婚して子どもは産めという矛盾を平気で押しつける厳格な教会学校で育っただけのことはある。
たぶん口で説明しても納得してくれないだろう。
清廉潔白なお嬢さまを面倒くさいという部下は多かった。
なるほど、これか。
だが、俺を好いてくれているからこそ君は悩んでいるのだろう? それはとても光栄なことではないか。
俺は両腕を伸ばすと、椅子に座ったままのレナーテを抱きしめた。
ひざまずく俺の顔が、ちょうど彼女の腹部に当たるというか、顔を埋めた。
ああ、柔らかい。服の布地を通しても、それが分かる。これが素肌なら、どんなにかいいだろう。
「エ、エルヴィンさま。なにを?」
「いい匂いがする。甘い香りだ」
おろおろと手をさまよわせていたレナーテだが、諦めた様子で俺の頭に手を置いた。
「昨夜、ベッドに花が散らされていましたから。きっとその匂いが移ったのだと思います」
「いや、そうじゃないな。レナーテ、手を動かしてくれないか?」
俺の頼みに、戸惑いながらもレナーテはゆっくりと手を動かした。しなやかな指が、俺の硬く短い髪を撫でる。
男の髪に触れたことなどないのだろう。自分の髪の柔らかさとの違いに戸惑ってもいるようだ。
「この香りは、レナーテが俺のことを好きだという香りだな」
「ごめんなさい、何のことか……」
俺は今度は彼女の腿に頬を寄せた。ちょうど横向きになるから、視界の端にレナーテの顔が入る。
彼女は頬を染めながらも、今度は俺の前髪を撫でてくれた。
なんか、犬になった気がする。領主が狩りに連れて行くグレイハウンドとか、そういうタイプの猟犬に。
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