初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

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一章

11、慣れなければなりません

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 きっとエルヴィンさまに呆れられてしまいました。

 わたしは唇を噛みしめながら、彼の左右の肩に両手を置きました。
 布地を通しても、がっしりとした肉体の様子がてのひらに伝わってきます。背中を支えてくれる大きな手。
 昨夜はこの手が、わたしの素肌に触れていたんです。

 学校では「貞淑な妻になりなさい」と教えられてきたけれど。でも、夫婦ってそれだけじゃないですよね。
 愛し合う夫婦には、きっと子どもが授かるでしょうと修道女でもある先生は教えてくださったけれど。具体的なことは、仰らなかったわ。

 なんだか、お日さまと雨がどうのとか、種子が芽吹いてとか。どうして結婚生活の話をなさっているのに、先生は子ども向けの生物の授業のような説明をするのか、まったく分からなかったんです。

 もちろん、何をすれば子どもを授かるのかは、わたしだって知っています。友人たちから聞いているもの。
 けれど、その……行為以外はどう接したらいいんですか?
 エルヴィンさま以外に、尋ねられる人なんていないわ。

「しっかりつかまっていなさい」と仰ると、エルヴィンさまは片手を離して、椅子を引きました。
 その椅子をしばし眺めた後、ゆっくりとわたしを下ろしてくださいます。
 膝までめくれあがってしまったワンピースの裾を、直してくださるのですけれど。何故かエルヴィンさまはその場を動きません。

「食事はパンとか牛乳ですよね。あとはチーズに果物かしら。わたし、用意しますよ」

 ダイニングにある棚の上に、かごに入った林檎やオレンジが見えます。布巾が掛けられているのは黒パンでしょう。塊をナイフで切り分けるのは慣れているんです。

 そう思って椅子から降りようとした時、エルヴィンさまに肩を押さえられました。
 再び腰を下ろしたわたしの前に、エルヴィンさまがひざまずきます。
 まるでお姫さまと騎士みたい。いえ、エルヴィンさまは騎士ですし副団長ですよね。わたしはお姫さまでも何でもないですけれど。

「レナーテ。俺は長らく騎士団の宿舎で暮らしてきた。集団生活には慣れているが、武骨で野暮な男どもしか知らん」
「は、はい」

 低い位置からわたしを見上げてくるエルヴィンさま。そのまなざしはまっすぐで、射抜かれてしまいそう。
 そういえば騎士は狩りをなさるものね。副団長のエルヴィンさまなら、きっと主のお供をして狩りも慣れていらっしゃるのだわ。

 野原や川辺では獣や鳥を狩り、街では女性を狩るのかしら。
 ええ、武器なんていらないわ。その強いまなざしひとつで、煙水晶のような美しい瞳に見据えられただけで女性たちは、エルヴィンさまにめろめろになってしまうのよ。

「う……うぅ」

 どうしましょう。わたしのことを見初めて妻にと望んでくださったけれど。もし、もっと素敵な女性が現れたら、エルヴィンさまはその方を選ぶんじゃないかしら。

「レナーテ。どうしたんだ?」

 怪訝に眉をひそめて問いかけてくるエルヴィンさまの声も、ただ耳を素通りするだけ。
 わたしの脳内では、あでやかな女性がエルヴィンさまと腕を組んで寄り添いながら歩く姿が浮かんでいました。
 しかも、その二人を木の陰から眺めるわたし。

――ねぇ、あの子またついて来ているわ。
――視線を合わせてはいけない。勘違いで結婚してしまった元妻だ。もう離縁したというのにしつこくてね。
――お可哀想な、エルヴィンさま。

「う……う、うぅ。捨てないで……ぇ」
「え? 俺は何かあなたの私物を捨ててしまったのか? それともさっき古くなったオレンジを捨てたのだが。もしかして、あれを食べたかったのか? 熟成させていたとか」
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