初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

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一章

8、キスだけだったのに

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 鳥の声がします。いつもよりも賑やかに聞こえるのは、どうしてかしら。
 ふと、わたしは枕とは違う少し硬い感触に気づきました。

 頭の下に、何か。そう思って瞼を開いて、息が止まりそうになりました。

 だって、隣に殿方が。エルヴィンさまが眠っていらっしゃるんですもの。しかも軽い布団をめくると、何ということなの。わたし、全裸なんです。

 寝間着は? いいえ、そもそも着ていなかったわ。じゃあ花嫁のドレスは? と見ると、寝室の床に存在感たっぷりに落ちていました。
 エルヴィンさまはシャツを着ていらっしゃいます。どうやら騎士服だけ脱いだみたい。

 ど、どうしましょう。わたしだけが、こんなはしたない姿で。服を着ようにも、ドレスしかないですし。しかも腕枕だけではなく、エルヴィンさまはもう片方の腕をわたしの上体に載せているんです。

「やぁ、目が覚めたかい?」
「は、はい」
「おはよう。レナーテ」
「……おはようございます。エルヴィンさま」

 小さな声で挨拶すると、エルヴィンさまは嬉しそうに笑ったんです。ええ、とても柔らかく。

「もう祝宴の客は帰っているから、身支度をしておいで。水場は分かるね。そうだな、君の服はその箪笥に入っているが。これを着るといい」

 そう仰ると、エルヴィンさまはご自分がお召しになっていたシャツを脱いで、わたしの肩にかけてくださいました。

「痕が残ってしまったな。まぁ、残すつもりではあったのだが」

 彼の視線が辿る先を追って、わたしは言葉を失いました。
 胸元にも、お腹にも、そして腿にも。無数の赤い痕が散っているんです。

「本当に祝宴で酒を飲まずにいて、良かった。キスだけで乱れる愛らしいレナーテの姿を瞳に焼きつけることができたのだから」
「わ、忘れてください。後生ですから」
「無理だな。ちゃんと記憶した」

 楽しそうに笑いながら、エルヴィンさまはわたしのひたいにくちづけました。
 思い出しただけで、布団に潜り込みたくなります。
 だって、全身にくちづけられて。あんな……甘ったるい声を上げて。
 でも、わたしはもう結婚したのです。どんなに恥ずかしくても、我慢しなくては。

「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「それなら、わたしが」
「君は休んでいなさい」

 そう仰ると、エルヴィンさまは寝室を出ました。階段を下りていく足音は大きくて。でも、それが徐々に遠くなっていきました。

 肩にはおったシャツは暖かく、エルヴィンさまのにおいがしました。

◇◇◇

 とんとんとん、と小さく軽やかな足音が聞こえる。
 レナーテが、階段を下りているのだろう。
 水場は浴室の近くだ。彼女がこの新居に荷物を運んだ時、俺は仕事でいなかったが。間取りは覚えているだろう。

 しかし、可愛かった。
 俺は湯を沸かしながら、思わずうつむいた。
 顔を上げると、ゆうべのレナーテが幻となって消えてしまいそうな気がしたからだ。
 
 あまりにも恥じらって両手で顔を隠すものだから、その手を除けさせると、今度は手の甲で隠そうとする。
 顔以外のところを俺に見せているというのに。あまりにも純情すぎるからなのか、或いは動揺しているからなのか、それに気づいていないようだ。
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