初対面の不愛想な騎士と、今日結婚します

絹乃

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一章

4、そういうことはしない方がいいのか

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 祝宴は夜遅くまで開かれるのですが、新郎新婦は寝室へと向かいます。
 それが風習と分かっていても、本当に恥ずかしいんです。

 籠に入った薄紅の花びらが、広間から出るエルヴィンさまとわたしに撒かれます。
 囃し立てる声の中を、おずおずと進むわたし。前を進む騎士服の広い背中を見ながら、ついていくしかありません。

 これから何をされるのか、男性と付き合った経験のないわたしでも分かります。
 それに、エルヴィンさまは明らかにわたしを嫌っておいでです。
 結婚の誓約書にわたしがサインした時には、ため息を。祝宴の時には、欠伸を噛み殺していたんですもの。

 初めてのことも、結婚生活も、できればわたしを好いてくれる人と。そう望んでいました。
 それを大それた願いだと思わなかったのですが。
 今になって、高望みであったと分かったのです。

 恐ろしさと失望と、エルヴィンさまがこの結婚を断ることのできなかった申し訳なさと。諸々の感情がこみあげてきて、わたしは階段の途中で足を止めました。

「レナーテ?」
「いえ、何でもありません」

 作り笑顔を浮かべましたが、ベール越しなのでエルヴィンさまには見えなかったのでしょうか。
 大きな手が、わたしに向かって伸ばされました。
 
 ベールを剥がれる? それともたれる?
 余りの恐怖に、わたしはきつく瞼を閉じました。
 ですが、さらりとベールが擦れる音がしただけで。恐る恐る瞼を開くと、白い手袋に包まれた長い指が、薄紅の花びらをつまんでいたんです。

「あ、あの?」
「ベールに花びらがついている」

 そう仰ると、エルヴィンさまはその花びらに軽くくちづけました。
 とくん、とわたしの心臓が跳ねました。
 自分にキスされたわけではありません。ただ美しい花だったから。それだけだと思うのに、なぜ?

 その時、純白の騎士服の肩にも薄紅の花びらがついているのに気づきました。
 わたしは、エルヴィンさまの肩に手を伸ばしました。
 
 すると、エルヴィンさまが固まってしまわれたんです。ええ、一瞬にして凍り付いたかのように。
 そして仄暗い階段でも、彼の頬が花びらの色に染まるのが分かったの。

 どうして? なぜ照れていらっしゃるの。
 騎士に愛らしい花は似合わないから? それとも他に理由があるの?

◇◇◇

 祝宴を抜けた時に撒かれた花が、レナーテのベールについていた。
 手袋をはめているから、花びらの感触などよく分からないはずなのに。俺には、その花びらの初々しい柔らかさが、彼女のように思えた。

 薄紅の花びらにキスをしたと気づいたのは、それをしてしまった後だ。

 しまった。レナーテに見られていた。
 俺が如何にあなたに恋い焦がれて、この日を待っていたか知られてしまった。
 
「エルヴィンさま?」

 階段の一段下にいるレナーテが、俺の肩に手を伸ばす。段差と身長差で、届くはずもないのに。
 彼女の仕草が何を意味するのか察して、俺は頬が熱くなるのに気づいた。

 この子は、これから何をするのか分かっていないのではないか? 教会学校に通っていた子だぞ。初夜のことなど、学校で教えられるとも思えん。

 そういえば騎士仲間で、姉が教会学校に通っている奴がいた。伝聞でしかないが「男女関係のことは『土壌が潤むと種が芽吹きやすくなる』と姉の教科書に書いてあるのを見たことがある。逆に訳が分からない」と言っていた。
 何しろ教会学校の卒業生は、恋愛に疎く頭が固いのだと。

――あそこの生徒と付き合おうとは思いませんよ。清らかすぎるお嬢さんは、面倒くさいですからね。
――え? 副団長。教会学校の生徒と結婚するんですか? うわー、俺無理です。

 などと、散々な言われようだった。

 レナーテ、君は本当に大丈夫なのか? 俺とそういうことが出来るのか?
 もしかして……まだしない方がいいのだろうか。
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