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一章
2、結婚式が始まりました
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式の始まりを告げるベルが高らかに鳴り、わたしは付き添い人と共に広間へと向かいました。
大勢の人がすでに広間に集まって、椅子に座っています。
中には両親や妹、それに友人の姿も見えます。
わたしはベールを剥いで、懐かしい皆の元へ駆けだしたくなりました。
でも、出来るはずがありません。
だって、皆晴れやかな顔をして喜んでいるんですもの。
ベールの下で、わたしだけが暗く沈んだ顔をしているなんて。そんなことを知ったら、悲しむに決まっているわ。
お父さまもお母さまも「いいご縁があった」と、嬉しそうだったし。
友人たちは「んー、三十歳かぁ。結構年上だけど、きっと優しくしてもらえるよ」「これからは惚気られちゃうのね」って茶化しながらも、お祝いしてくれたもの。
教会からいらした神父さまの前で結婚の誓いを立て、誓約書にサインします。
さらさらとご自分の名前を書かれるエルヴィンさま。次に羽ペンがわたしに手渡されました。
この紙に、自分の名前を書いたらもう戻れない。断るなら、今が最後のチャンスよ。
ベール越しにちらりと視線を上に向けると、エルヴィンさまがわたしを見ていらっしゃいます。
すぐに名前を書かないことを、不審に思ったのかしら。わたしは気が咎めたけれど、それでも手を動かすことができません。
「レナーテ、大丈夫か? 緊張で具合でも悪いのか?」
耳をかすめるそよ風のような、静かな声。わたしをいたわる言葉。
まさか、エルヴィンさまが?
そう思って再び顔を上げるのですが。もう彼はまっすぐに前方を向いて、わたしに視線を向けてはいません。
空耳だったの?
でも、もしかしたら本当にエルヴィンさまが、わたしを気遣ってくれたのかもしれないわ。
小さな希望に縋るように、わたしは誓約書に自分の名を書きました。
隣から、息を吐く音が聞こえます。
まさか、ため息? わたし、早まってしまったの?
「あっ、あの……」
手を伸ばすのも空しく、神父さまが結婚の誓約書を捧げ持ち「皆様の祝福の中、二人の結婚は成立いたしました」と、よく通る声で宣言なさいました。
ああ、いつもの御ミサのときならば、神父さまが教えを説くお声も素晴らしく聞こえるのに。
今日ばかりは、まるで見放されたかのように冷たく思えました。
◇◇◇
レナーテが結婚の誓約書にサインをしてくれて、俺はほっと安堵の息をついた。
三十年生きてきて、こんなにも緊張したことはない。
何故ならば騎士団の先輩で、結婚式のサインの時に花嫁に拒否された人を知っているからだ。
あれはつらい。
先輩は「親同士が決めたことで、相手の女性には親には秘密の恋人がいたんだ。だから、どのみち結婚してもうまくいかないさ。事前に回避できて良かったよ。はははっ」と笑っていたが。
背中を向けた時、明らかに肩を落としていたので、相当心に傷を負ったのだろう。
この国では、男女の自由恋愛は推奨されていない。というよりも、未婚の女性が男と連れ立って歩くこと(つまり逢引きだな)は、あまり良くないとされている。
だから、結婚式で悲劇も起こるわけだ。
ああ、良かった。レナーテが、俺のことを嫌わないでくれて。俺との結婚を厭わないでくれて。
彼女にとって、俺は初対面にも等しい相手なのだから。
大勢の人がすでに広間に集まって、椅子に座っています。
中には両親や妹、それに友人の姿も見えます。
わたしはベールを剥いで、懐かしい皆の元へ駆けだしたくなりました。
でも、出来るはずがありません。
だって、皆晴れやかな顔をして喜んでいるんですもの。
ベールの下で、わたしだけが暗く沈んだ顔をしているなんて。そんなことを知ったら、悲しむに決まっているわ。
お父さまもお母さまも「いいご縁があった」と、嬉しそうだったし。
友人たちは「んー、三十歳かぁ。結構年上だけど、きっと優しくしてもらえるよ」「これからは惚気られちゃうのね」って茶化しながらも、お祝いしてくれたもの。
教会からいらした神父さまの前で結婚の誓いを立て、誓約書にサインします。
さらさらとご自分の名前を書かれるエルヴィンさま。次に羽ペンがわたしに手渡されました。
この紙に、自分の名前を書いたらもう戻れない。断るなら、今が最後のチャンスよ。
ベール越しにちらりと視線を上に向けると、エルヴィンさまがわたしを見ていらっしゃいます。
すぐに名前を書かないことを、不審に思ったのかしら。わたしは気が咎めたけれど、それでも手を動かすことができません。
「レナーテ、大丈夫か? 緊張で具合でも悪いのか?」
耳をかすめるそよ風のような、静かな声。わたしをいたわる言葉。
まさか、エルヴィンさまが?
そう思って再び顔を上げるのですが。もう彼はまっすぐに前方を向いて、わたしに視線を向けてはいません。
空耳だったの?
でも、もしかしたら本当にエルヴィンさまが、わたしを気遣ってくれたのかもしれないわ。
小さな希望に縋るように、わたしは誓約書に自分の名を書きました。
隣から、息を吐く音が聞こえます。
まさか、ため息? わたし、早まってしまったの?
「あっ、あの……」
手を伸ばすのも空しく、神父さまが結婚の誓約書を捧げ持ち「皆様の祝福の中、二人の結婚は成立いたしました」と、よく通る声で宣言なさいました。
ああ、いつもの御ミサのときならば、神父さまが教えを説くお声も素晴らしく聞こえるのに。
今日ばかりは、まるで見放されたかのように冷たく思えました。
◇◇◇
レナーテが結婚の誓約書にサインをしてくれて、俺はほっと安堵の息をついた。
三十年生きてきて、こんなにも緊張したことはない。
何故ならば騎士団の先輩で、結婚式のサインの時に花嫁に拒否された人を知っているからだ。
あれはつらい。
先輩は「親同士が決めたことで、相手の女性には親には秘密の恋人がいたんだ。だから、どのみち結婚してもうまくいかないさ。事前に回避できて良かったよ。はははっ」と笑っていたが。
背中を向けた時、明らかに肩を落としていたので、相当心に傷を負ったのだろう。
この国では、男女の自由恋愛は推奨されていない。というよりも、未婚の女性が男と連れ立って歩くこと(つまり逢引きだな)は、あまり良くないとされている。
だから、結婚式で悲劇も起こるわけだ。
ああ、良かった。レナーテが、俺のことを嫌わないでくれて。俺との結婚を厭わないでくれて。
彼女にとって、俺は初対面にも等しい相手なのだから。
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