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一章

7、魚生粥

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 侍女頭の任春レンチュンが卓の上に朝食を並べてくれた。

 粥は小さな土鍋で煮てあるので、厨房から運ばれてもまだ湯気が立っている。蒼海ツァンハイ皇女を預かっている以上、試毒しどくにも慎重になる。
 試毒の女官は、粥の熱さをこらえながら毒見をしてくれた。

玲華リンホアさま。お召し上がりになれますか?」

 任春が、主である玲華に問うた。不安げに。
 米粒がなくなるまで、とろりと煮込んだ粥のほの甘い匂いがする。それはいい。発酵した酸味のある漬物。これも大丈夫だ、問題ない。

「えっと、どうして魚が生なのかしら?」
「こちらは魚生粥ユイシャンツォーでございます。蒼海さまにお気に召していただけるよう、朝ではありますがご用意させていただきました。王都の臨洛りんらく近くの川で捕れました草魚を用いております」

 室に控えていた侍女が説明をしてくれるが。答えになっていない。

陶岳国とうがくこくでは、魚を生で食べる習慣がないのよ。だから玲華さまにも、これまでは魚はちゃんと火を通してから召し上がっていただいていたの」

 任春が説明をするが。給仕の侍女は首をかしげた。

「粥が熱いので、草魚にも火は通りますよ。半分煮えた状態になります。海の魚でしたら生のままで召しあがることもできますが」

 膳を運んできた侍女は、陶岳国から連れてきたわけではない。南洛国は川が多く、海も近いので魚食にも慣れているだろうが。
 時おり供される、煮込んで白くなった魚の目に睨まれると。慣れぬ玲華は卒倒しそうになる。
 すぐに任春を初めとする侍女たちが、麗しの主の体を支えていたのだが。

(さすがに蒼海さまの母となったのだから。恥ずかしい姿は見せられないわ)

 いっそ蒼海に粥をあげようと口にしそうになって、思い直した。それでは蒼海が先ほど口にしていた内容と同じになるからだ。

「これね、おかゆにおさかなをのせるんだよ」

 さすがは南洛国育ちだ。蒼海は苦心しながらも、箸で魚片を粥に沈めていく。

「リンホアさまのも、ツァンハイがしてあげるね」
「まぁ、なんてお優しい」
「お義母さま思いでいらっしゃいますね」

 侍女たちは、今にもほろりと涙しそうだ。

「ツァンハイね、おさかなそのままでもたべれるの。でもね、リンホアさま、あったかーなのがすきだから。こうしてね、うめるんだよ」

 長い箸を苦心しながら操って、蒼海が草魚を粥に沈めてくれる。
 んしょ、んしょと、あまりにも真剣なので。これはもう好き嫌いを言っている場合じゃないと、玲華は悟った。

「はい。めしあがれ」

 蒼海皇女が、笑顔で箸を差しだしてくれる。碗のなかで、魚の身は崩れてしまっていた。まぁ、なんというか。ぼろぼろだ。
 侍女たちが、息を詰めて玲華を見つめてくる。無言だ。だが、目が雄弁に「召しあがってください」「残さないでください」と訴えている。

「あ、こっちのほうがいいよ、です」

 よく気がつく子なのだろう。蒼海が、匙を手渡してくれる。
 さらに手を伸ばして、白い小皿に入った刻んだ生姜も取ってくれた。
 この状態で「いえ、魚は苦手なので」などと断ることのできる人間などいるだろうか。

 玲華は匙で粥をすくった。蒼海が奮闘した後なので、もう湯気は立っていない。
 部屋に控えていた侍女たちが、いつの間にか玲華の側に立っている。圧がすごい。

「では、いただきますね」

 故郷の陶岳国は、内陸国だから。海は近くないし、淡水魚ですら食べる種類が限られている。半煮えとはいえ、生食はまずない。その点を考慮して、これまで草魚の粥は出されたことがないのだ。

 匙を持ちあげると、ふわっと魚の匂いがした。
 粥を口に含む。さっき感じた匂いが、生姜と一緒に口の中に広がった。ほのかに甘い。魚の粥だが、鶏ガラの出汁で煮込んであるのだろう。
 あっさりとした草魚のかけらと、コクのある胡麻油が絡みあっている。

「おいしい」

 玲華は、思わず言葉をこぼした。
 ほぉぉぉーっと、一斉に安堵の息が洩れるのが聞こえた。
 とろみのある粥をもうひとくち。

「よかったぁ。ツァンハイもね、すききらいなおしたんだよ。がんばったね、リンホアさま」

 蒼海が笑顔をこぼしながら、足をぶらぶらと動かす。まだ四歳だから、椅子には墊子クッションを敷いて高さを調節してある。むろん、床に足は届いていない。
 ほんとうは継母として、足を揺らすのは行儀が悪いと注意をしないといけないのだろうが。

 蒼海は、嬉しくて足を動かしたのだ。その楽しい気持ちに水を差したくはない。
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