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18、ベリーのケーキとミラベルのタルト
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あまりにも疲れてしまったので、今日は結局シトリン亭の二階に泊まることにした。
さすがに嵐でもないので、ストランド家に便りを届けてもらうように、レオンが手紙を書いて手配した。
午後の早便ならば、すぐに知らせが届くはずだ。
「今日はよくがんばったな」
「がんばりました」
店の片づけを終えたレオンとミリアムは、夕暮れ前に散歩に出ていた。
別荘地ということもあり、海岸通りにはしゃれた店が多い。
帽子だけを扱う店、レースの専門店、美しく繊細な磁器のならんだ店。
フルーツのボンボンを売っている店は、ころりとした砂糖菓子が色あざやかで。まるいアクアマリンやルビー、真珠に琥珀のような宝石を、ガラス瓶にぎゅうっと詰めているかのよう。
ミリアムはひとつひとつのショーウィンドウを興味深く眺めていた。
「ここに入ろう」
「え? 甘いもののお店ですよ」
レオンがドアを開くと、ウィンドチャイムが海風をうけて、透明に澄んだ夏の音をたてた。
ミリアムを先になかにとおしてから、レオンも店に入る。
レオンはレディファーストが自然に身についている。
「ここもテラス席があるな。ブルーノもいるし、外にしよう」
まずは注文のために中に入る。
「注文は席で頼むんじゃないんですね」
外が明るすぎるので、店内はうす暗く感じる。その暗さがいっそう窓の外の海の青さを際立たせていた。
「うわぁ。すてき」
店の奥で、きらめくカウンターにミリアムは駆けよった。
ガラスでできたケーキドームがずらりと並べられ、中にはそれはもうおいしそうなケーキがホールで並んでいる。
いくつかはすでに切り分けられて、人気らしい品は一ピースしか残っていない。
「好きなのをどうぞ」
「え。どうしよう。選べないかも」
「ふたつでも、みっつでもいいぞ」
「今ならみっつくらい食べられそうです」
ミリアムはドームのなかに鎮座するケーキを吟味した。あわい緑はきっとピスタチオ。茶色いのはチョコレートっぽい色じゃないから、きっとナッツの味が濃いジャンドゥーヤ。
レオンはミリアムは選んでいる間に、紅茶を注文している。どうやらケーキは食べないらしい。
「決まりました」
ミリアムは、レオンの袖をくいっと引っぱった。
外のテラス席は、風がわたって気持ちいい。
店内には入らなかったブルーノも、ミリアムたちの席にやってくる。
見慣れた海辺の風景のはずなのに、すこし場所がずれただけで、シトリン亭のテラス席とは見え方がちがう。
やはりこのあたりの海岸通りにも虹の木の花房が、風に揺れている。眠気を誘う午後のひととき。のんびりと穏やかな時間が流れている。
「お待たせいたしました」
店員が運んできたのはミリアムが選んだケーキと、二人分のカップ。それにポットにはいった紅茶。
こぼれおちんばかりにケーキに盛られた、ベリーがみずみずしい。ラズベリーにブラックベリー、ブルーベリーにガラス細工のように澄んだ赤のカラント。赤や黒むらさき、青むらさきの色あいがとても美しい。
「すてきですね」
ミリアムは目を輝かせた。
お皿には、こってりとしたクリームが添えられている。
ほんとうは大人っぽく、黄金色のミラベルを焼きこんだタルトと迷ったのだが。やはりベリーの誘惑は振りきれない。
ひとくちケーキを食べると、あまずっぱさに目が覚める。
「おいしいですねぇ」
「それはよかった」
レオンはミリアムを眺めてほほ笑むと、ベルガモットの香りのついた紅茶を飲んだ。
繊細なカップをもつ手つきは、優雅でもある。見た目が怖いといわれることの多いレオンだけれど、やはり育ちの良さは隠せない。
「この辺りは店も多いからな。別荘で過ごす人のために、センスのいいものを売っている」
「レースも緻密ですてきなのがあったわ。つけ襟とか、ハンカチとか」
「俺は、ストランド男爵令嬢になにを贈ればいいのかわからない」
「はい?」
カップにのばしたミリアムの手がとまる。
向かいの席のレオンは、真剣な面持ちであごに手を当てていた。
「こんなにも手伝ってもらって、きみに頼ってしまって。謝礼金を渡そうと思ったのだが、ストランド男爵にやんわりと断られてしまった」
「そうだったんですね」
「そこでだ」
レオンの語気が強くなったので、ミリアムは背筋をのばした。
「なにかプレゼントしたい。だからあわてなくともよいから、欲しいものがあったら教えてくれないか? 俺は正直、その、なんというか女の子が好きなものがよくわからん。だから……その」
ふだんは入れることのない砂糖を、レオンは紅茶にいれた。
琥珀のかたまりのような砂糖を、ひとつふたつ、みっつよっつ。
あきらかに落ち着きがない。
「これから、いろいろときみの望みとか、好みとか教えてくれないか」
(もしかしてお兄さま。緊張してらっしゃる?)
溶けきることのない大量の砂糖の入った紅茶を、レオンはスプーンでかきまぜている。
さすがに嵐でもないので、ストランド家に便りを届けてもらうように、レオンが手紙を書いて手配した。
午後の早便ならば、すぐに知らせが届くはずだ。
「今日はよくがんばったな」
「がんばりました」
店の片づけを終えたレオンとミリアムは、夕暮れ前に散歩に出ていた。
別荘地ということもあり、海岸通りにはしゃれた店が多い。
帽子だけを扱う店、レースの専門店、美しく繊細な磁器のならんだ店。
フルーツのボンボンを売っている店は、ころりとした砂糖菓子が色あざやかで。まるいアクアマリンやルビー、真珠に琥珀のような宝石を、ガラス瓶にぎゅうっと詰めているかのよう。
ミリアムはひとつひとつのショーウィンドウを興味深く眺めていた。
「ここに入ろう」
「え? 甘いもののお店ですよ」
レオンがドアを開くと、ウィンドチャイムが海風をうけて、透明に澄んだ夏の音をたてた。
ミリアムを先になかにとおしてから、レオンも店に入る。
レオンはレディファーストが自然に身についている。
「ここもテラス席があるな。ブルーノもいるし、外にしよう」
まずは注文のために中に入る。
「注文は席で頼むんじゃないんですね」
外が明るすぎるので、店内はうす暗く感じる。その暗さがいっそう窓の外の海の青さを際立たせていた。
「うわぁ。すてき」
店の奥で、きらめくカウンターにミリアムは駆けよった。
ガラスでできたケーキドームがずらりと並べられ、中にはそれはもうおいしそうなケーキがホールで並んでいる。
いくつかはすでに切り分けられて、人気らしい品は一ピースしか残っていない。
「好きなのをどうぞ」
「え。どうしよう。選べないかも」
「ふたつでも、みっつでもいいぞ」
「今ならみっつくらい食べられそうです」
ミリアムはドームのなかに鎮座するケーキを吟味した。あわい緑はきっとピスタチオ。茶色いのはチョコレートっぽい色じゃないから、きっとナッツの味が濃いジャンドゥーヤ。
レオンはミリアムは選んでいる間に、紅茶を注文している。どうやらケーキは食べないらしい。
「決まりました」
ミリアムは、レオンの袖をくいっと引っぱった。
外のテラス席は、風がわたって気持ちいい。
店内には入らなかったブルーノも、ミリアムたちの席にやってくる。
見慣れた海辺の風景のはずなのに、すこし場所がずれただけで、シトリン亭のテラス席とは見え方がちがう。
やはりこのあたりの海岸通りにも虹の木の花房が、風に揺れている。眠気を誘う午後のひととき。のんびりと穏やかな時間が流れている。
「お待たせいたしました」
店員が運んできたのはミリアムが選んだケーキと、二人分のカップ。それにポットにはいった紅茶。
こぼれおちんばかりにケーキに盛られた、ベリーがみずみずしい。ラズベリーにブラックベリー、ブルーベリーにガラス細工のように澄んだ赤のカラント。赤や黒むらさき、青むらさきの色あいがとても美しい。
「すてきですね」
ミリアムは目を輝かせた。
お皿には、こってりとしたクリームが添えられている。
ほんとうは大人っぽく、黄金色のミラベルを焼きこんだタルトと迷ったのだが。やはりベリーの誘惑は振りきれない。
ひとくちケーキを食べると、あまずっぱさに目が覚める。
「おいしいですねぇ」
「それはよかった」
レオンはミリアムを眺めてほほ笑むと、ベルガモットの香りのついた紅茶を飲んだ。
繊細なカップをもつ手つきは、優雅でもある。見た目が怖いといわれることの多いレオンだけれど、やはり育ちの良さは隠せない。
「この辺りは店も多いからな。別荘で過ごす人のために、センスのいいものを売っている」
「レースも緻密ですてきなのがあったわ。つけ襟とか、ハンカチとか」
「俺は、ストランド男爵令嬢になにを贈ればいいのかわからない」
「はい?」
カップにのばしたミリアムの手がとまる。
向かいの席のレオンは、真剣な面持ちであごに手を当てていた。
「こんなにも手伝ってもらって、きみに頼ってしまって。謝礼金を渡そうと思ったのだが、ストランド男爵にやんわりと断られてしまった」
「そうだったんですね」
「そこでだ」
レオンの語気が強くなったので、ミリアムは背筋をのばした。
「なにかプレゼントしたい。だからあわてなくともよいから、欲しいものがあったら教えてくれないか? 俺は正直、その、なんというか女の子が好きなものがよくわからん。だから……その」
ふだんは入れることのない砂糖を、レオンは紅茶にいれた。
琥珀のかたまりのような砂糖を、ひとつふたつ、みっつよっつ。
あきらかに落ち着きがない。
「これから、いろいろときみの望みとか、好みとか教えてくれないか」
(もしかしてお兄さま。緊張してらっしゃる?)
溶けきることのない大量の砂糖の入った紅茶を、レオンはスプーンでかきまぜている。
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