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17、結婚式

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 妃となるユーリア・ベルセリウスが魔に取りつかれたことは、王都の人たちにすぐに知れ渡った。
 同じく、ユーリア自身がその魔を祓ったことも。

――王太子妃殿下は、文献と書物、歴史をお調べになり、この国を災厄から護られたのだ。
――そうだよな。魔物に乗っとられた状態で妃となれば、国は破滅する。妃候補を降りれば簡単だったろうが、それでは魔物は残ったままになる。
――コンラード殿下に迷惑をかけぬようにと、ユーリアさまは魔に屈せず、挫けることもなく、奮闘なさったのだな。

 ウエキが消えてから。街の人たちの噂を、使用人たちがわたしに伝えてくれた。
 わたしのことを信じようとして、それでもあまりの態度の悪さに信じきれなくて。そうした悩みを抱えていたせいだろうか。
 使用人たちは申し訳なさそうなのに、嬉しそうでもあった。

 しばらくは、馬車で街に出るのも大変だった。
「ユーリアさま。この子にご加護を」と、赤ん坊を抱いた母親たちが馬車に寄ってくる。

 街の広場で、わたしはワゴンから降りた。コンラード殿下がつけてくださった女性の騎士と、侍女のイーネス、そしてアマリアお姉さまに付き添われて。

「わたしは普通の人間ですよ。聖女の力があるわけではないのです。加護だなんて、そんな……」

 集まってくる人々に囲まれて、わたしは困ってしまった。
 馬車の側の木陰は、人垣ができてしまっている。

「いいえ。聖女さまでなくとも良いのです。この子に、ユーリアさまの強さをお与えください」
「一度は、ユーリアさまの評判は地に落ちたことは存じています。社交界からも爪弾つまはじきにされたと。それでも諦めることなく、孤軍奮闘なさった意志の強さは存じております」

 カゴに入った果物を、かぐわしい香りたつ花束を、女性たちはわたしに贈ってくれた。
 ウエキが傍若無人にふるまったから、誰からも嫌われていると思ったのに。
 社交界の令嬢たちも、わたしに心から詫びてくれた。

「よかったわね。ユーリア」
「はい、お姉さま」

 大好きなお姉さまの顔も、集まってくれた人たちの姿も、水に濡れたように滲んでいく。
 ウエキのことがあってから、わたしは涙もろくなってしまった。

◇◇◇

 翌年の初夏。
 コンラード殿下とわたしの結婚式が、王宮の近くの教会で催された。

 青葉が太陽の光を透かし、辺りを淡い緑色に染めている。
 すでに教会には参列者が入り、椅子に座っている。

 わたしのいる控室は後方にあるので、後ろ姿だけでははっきりとは見分けられないけれど。お父さまやお母さま、アマリアお姉さまもいらっしゃる。

 教会へと続く外の道には人が溢れているらしい。道の両側の木の枝には、王室の旗が道の果てまでずらりと掲げられている。
 あと少しで、コンラード殿下とわたしは教会の中央にある通路をふたりで通り、司祭の前に出る。

「緊張しますね」

 コンラード殿下の隣に並んだわたしは、声が震えていた。
 後方に裾の長い、白いウェディングドレスは、ずっしりとした重さがある。歩くたびに光を受けて、白い布は銀にも見える。肩から腕にかけて、繊細な模様の透けるレースになっていた。

 殿下は、人前に出ることは慣れてらっしゃるので、平気みたい。
 式典用の服は、白地に金のボタンが用いられ。肩にはやはり金の緒飾という房飾りがつけられている。そして腰には、王家に伝わる剣を佩びていらっしゃる。

「ユーリア。手をつなごうか」
「え?」

 白い手袋に包まれた指が、絹の手袋をはめたわたしの手に触れた。

「ひさびさに、冒険みたいだな」

 大きな手に、わたしの手はきゅっと包まれた。
 コンラード殿下に手を握られて、わたしは指の震えが治まった。
 遠い日の、離宮の夜の庭での思い出がよみがえる。

「殿下が一緒なら、怖くないです」
「今はまだ人前じゃない。だから、コンラードだよ?」
「は、はい。コンラード」

 見上げれば、夏の青の瞳がわたしを見つめた。とても優しく。

 側には殿下の護衛騎士であるエリクさまと、女性の騎士が立っていたけれど。何も見ていないというふりをしてくれている。
 エリクさまは、主よりも先に結婚はしないということで、アマリアお姉さまとの式を待たせてしまっている。

「コンラードやアマリアお姉さま、エリクさまが、わたしのことを信じてくださったから。だから、頑張れたんです」
「表立って動くことができなかったことを、私は悔いているのだが」

 困ったように、コンラードが眉を下げる。

「でも、崖から飛び降りようとした時に、救ってくださいました。殿下……コンラードがいなければ、わたしはもうここにはおりません」
「ユーリアを連れていかれると思うと、とても怖かったんだ」

 コンラードが、つないだ手に力をこめる。
 痛いくらいに、手を握られた。

「だから、もう離さない」

 結婚式の開始を知らせる鐘が鳴った。
 控室の扉が開く。エリクさまと女性の騎士に伴われ、わたし達はステンドグラスの光が溢れる中央の通路を進んだ。
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