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8、寝ている隙に
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今夜もウエキは深酒をしている。
ウイスキーに、鉱泉から運ばせた炭酸水を混ぜたものが好みのようだ。
以前よりもウイスキーの割合が多くなり、とても飲みにくいのに。ウエキは「ハイボールは冷えてる方がいいんだけどぉ」と文句を言いながら、飲み干している。
ビンの中のウイスキーは、半分以上減っている。
頭がぐらぐらと揺れているから、きっともうすぐ眠りに落ちるはず。
ふっと、わたしの体に重さが伝わった。
(来たわ)
体がウエキから、わたしに戻されたのだ。
ウエキが眠っている間だけ、わたしは自分の意思で動くことができる。
ほんの一刻だって、ムダにはできない。
急がなければ。わたしは立ちあがり、カラフェに入っている水をグラスに移した。アルコールのせいで、頭がぼうっとしている。少しでも体内のお酒を薄めないと、思考が働かない。
ぬるい水が、喉をすべり落ちていく。
「さぁ、今夜も読まなくっちゃ」
わたしは本棚に向かい、コンラード殿下からお借りした書物をテーブルに置く。
アマリアお姉さま自身が、調べたいことがあるからと殿下にお願いしてもらった。
わたしの名を出せば、殿下はきっと不愉快にお思いになるだろうから。わたしが、大切な本を手荒に扱うと疑われるかもしれないから。
読書をしないウエキは、本が増えていようが気にならないので、それは助かっている。
本当にウエキは物事をちゃんと見極めようとしない。
「前例を調べれば、乗っ取った相手を追いだす方法が記されているはずだわ」
蝋燭を灯して、わたしは毎夜調べ物を続けた。
「それにしても、どうしてウエキは露悪的な態度を取り続けるのかしら。もっとうまく立ち回った方が、生きていきやすいのに」
今のウエキはただ敵を作るばかり。
ユーリア・ベルセリウスが将来、王太子妃になることを知っているのなら、なおさら慎重に動かなければ危ないと、少し考えれば分かるはず。
指先で文字をたどっていたわたしは、はっとした。
体を乗っ取られたとき、ウエキはこれを夢だと認識していた。
「そうよ。夢の中なら、好き放題にやっても問題がないもの」
わたしの考えは正しかった。
大量の書物に目を通した結果、二百年以上前に体を乗っ取られた人の事例を見つけたからだ。
――聞き取りによると令嬢の中の別人は、夢の中なのに、どうして自分が罰せられるのか、と繰り返していた。
「きっとウエキも同じ考えなんだわ」
続く記述を目で追う。
――過去にこの世界にやって来た者は、聖女の技により、元の世界へと戻された。聖女曰く「令嬢が弱っているときに、異世界の強靭な魂に乗っ取られた。ゆえに、異世界の者の魂を弱らせれば事は容易に運ぶ」とのこと。
わたしは、肩を落として大きなため息をついた。
「聖女にとっての『容易』は、普通の人にとっての『難解』なのよ」
今はもう聖女なんて存在しない。
かつては病気になれば聖女を訪ねて、その聖なる力で治してもらうこともあったという。
けれど今では神殿は廃れ、新たに教会が信仰の場となっている。
蝋燭の灯りは小さく、ほの暗い場所で書物を読み続けたせいで、目が疲れている。
わたしは立ちあがり、窓から差し込む月明りを頼りに階段を降りた。
重い扉を開くと、涼しい風がエントランスに吹きこんでくる。夜風にのって、海の匂いと爽やかなハーブの香りが届いた。
庭には、お医者さまにかかることが一般的ではなかった時代に植えられたハーブが、今も繁っている。代々うちに仕えてくれている庭師が、植え替えたり手入れをしたりと大事にしているものだ。
わたしの頭痛がひどいときに、アマリアお姉さまが夏白菊を煎じて飲ませてくれた。そのハーブも庭にある。
「待って? 聖女じゃなくて、聖女の技なのよね」
さっき見た本の記述が、脳裏をよぎった。
聖女にはなれないけれど。聖女の技なら、もしかしたら少しは真似できるかもしれない。
ウイスキーに、鉱泉から運ばせた炭酸水を混ぜたものが好みのようだ。
以前よりもウイスキーの割合が多くなり、とても飲みにくいのに。ウエキは「ハイボールは冷えてる方がいいんだけどぉ」と文句を言いながら、飲み干している。
ビンの中のウイスキーは、半分以上減っている。
頭がぐらぐらと揺れているから、きっともうすぐ眠りに落ちるはず。
ふっと、わたしの体に重さが伝わった。
(来たわ)
体がウエキから、わたしに戻されたのだ。
ウエキが眠っている間だけ、わたしは自分の意思で動くことができる。
ほんの一刻だって、ムダにはできない。
急がなければ。わたしは立ちあがり、カラフェに入っている水をグラスに移した。アルコールのせいで、頭がぼうっとしている。少しでも体内のお酒を薄めないと、思考が働かない。
ぬるい水が、喉をすべり落ちていく。
「さぁ、今夜も読まなくっちゃ」
わたしは本棚に向かい、コンラード殿下からお借りした書物をテーブルに置く。
アマリアお姉さま自身が、調べたいことがあるからと殿下にお願いしてもらった。
わたしの名を出せば、殿下はきっと不愉快にお思いになるだろうから。わたしが、大切な本を手荒に扱うと疑われるかもしれないから。
読書をしないウエキは、本が増えていようが気にならないので、それは助かっている。
本当にウエキは物事をちゃんと見極めようとしない。
「前例を調べれば、乗っ取った相手を追いだす方法が記されているはずだわ」
蝋燭を灯して、わたしは毎夜調べ物を続けた。
「それにしても、どうしてウエキは露悪的な態度を取り続けるのかしら。もっとうまく立ち回った方が、生きていきやすいのに」
今のウエキはただ敵を作るばかり。
ユーリア・ベルセリウスが将来、王太子妃になることを知っているのなら、なおさら慎重に動かなければ危ないと、少し考えれば分かるはず。
指先で文字をたどっていたわたしは、はっとした。
体を乗っ取られたとき、ウエキはこれを夢だと認識していた。
「そうよ。夢の中なら、好き放題にやっても問題がないもの」
わたしの考えは正しかった。
大量の書物に目を通した結果、二百年以上前に体を乗っ取られた人の事例を見つけたからだ。
――聞き取りによると令嬢の中の別人は、夢の中なのに、どうして自分が罰せられるのか、と繰り返していた。
「きっとウエキも同じ考えなんだわ」
続く記述を目で追う。
――過去にこの世界にやって来た者は、聖女の技により、元の世界へと戻された。聖女曰く「令嬢が弱っているときに、異世界の強靭な魂に乗っ取られた。ゆえに、異世界の者の魂を弱らせれば事は容易に運ぶ」とのこと。
わたしは、肩を落として大きなため息をついた。
「聖女にとっての『容易』は、普通の人にとっての『難解』なのよ」
今はもう聖女なんて存在しない。
かつては病気になれば聖女を訪ねて、その聖なる力で治してもらうこともあったという。
けれど今では神殿は廃れ、新たに教会が信仰の場となっている。
蝋燭の灯りは小さく、ほの暗い場所で書物を読み続けたせいで、目が疲れている。
わたしは立ちあがり、窓から差し込む月明りを頼りに階段を降りた。
重い扉を開くと、涼しい風がエントランスに吹きこんでくる。夜風にのって、海の匂いと爽やかなハーブの香りが届いた。
庭には、お医者さまにかかることが一般的ではなかった時代に植えられたハーブが、今も繁っている。代々うちに仕えてくれている庭師が、植え替えたり手入れをしたりと大事にしているものだ。
わたしの頭痛がひどいときに、アマリアお姉さまが夏白菊を煎じて飲ませてくれた。そのハーブも庭にある。
「待って? 聖女じゃなくて、聖女の技なのよね」
さっき見た本の記述が、脳裏をよぎった。
聖女にはなれないけれど。聖女の技なら、もしかしたら少しは真似できるかもしれない。
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