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7、パーティ
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わたしは、ウエキが寝ている間に動くことにした。
月明りと夜の静けさだけが、わたしの友人だった。
社交界で、ウエキの傍若無人さはあっという間に知れ渡ったからだ。令嬢たちは、決してウエキには近づかない。
先日催されたパーティで、ウエキはさんざん悪態をついていた。
令嬢たちが挨拶をしても「ふーん? 子爵と、そっちは伯爵令嬢? あたしの方が身分は上だけどね」と、あまりにも不愉快な態度で返す。
そんなバカみたいな会話があるだろうか?
教養のない人の会話は、自慢と嫌味と悪口ばかりになると聞いたことがある。
ウエキの会話は、まさにそれだった。
己の優位性を誇って相手をやりこめるなんて、愚かな行為でしかない。
品位のかけらもない発言に、どこの誰か「さすがは侯爵令嬢ですね」「わたし達とは違い、高貴ですね」なんて、持ちあげてくれるのだろう。
ウエキが言葉を発するたびに、パーティの参加者は眉をひそめた。
彼女の口をふさぎたかったけれど、わたしの手は自分の思い通りに動かすことすらできない。
「ユーリアさま。言動がおかしいって、本当なのね」
「あんな方ではなかったわ。瓜二つの別人じゃないのかしら」
「怖いわ。ユーリアさまの名を騙っているってことでしょう? そっくりな人を連れてきて、ベルセリウス侯爵家を陥れようとしているのかしら」
声をひそめながら、令嬢たちは背中を見せて去っていく。
ウエキの周りには、誰もいなくなった。
「ユーリアさま。お疲れでしたら、もう屋敷にお戻りになった方が」
お目付け役であるシャペロンの女性が、ウエキに耳打ちする。
これ以上、恥をさらしてはいけないと案じてのことだろう。
わたしだって、一刻も早く家に戻りたい。
「はぁ? 来たばっかりじゃないのよ」
ウエキだけが、反対意見だ。
楽団が、ワルツを奏でる。軽やかな音楽にのって、ダンスが始まった。
誰からもダンスに誘われないなど、生まれて初めてのことだった。
ウエキは壁に背中をもたれさせて、立っている。
「なによ。あんなブスに、よくもダンスの相手がいるものね」
口の端をゆがめて、ウエキはホールの中央を眺めている。ひらりと広がる令嬢たちのドレスの裾や、リードする紳士たちの美しい立ち姿。
「ま、いいけどさ。どうせ、あたしはダンスなんて習ってないし」
聞くのが、いたたまれなくなるほどに、ウエキの言葉は負け惜しみだった。
ウエキは運ばれてきたグラスに入ったお酒を、ぐいっとあおる。
「ぬるいわね。冷凍庫がなくっても、山から氷を運んで夏まで保管とかできないの? もっと、キンキンに冷えたのじゃないと、おいしくないのよ」
「ユーリアさま。いい加減になさいませ」
ウエキの近くに控えるシャペロンが、ぴしりと叱責した。わたしのお目付け役を担当している彼女の、そんな厳しい様子を見るのは、初めてのことだった。
「うるさいわねぇ。なんで叱られなきゃいけないのよ。あたしの世界なのよ」
ちょうど音楽が途切れた時だったので、ウエキの声はホールに響いて聞こえた。
あたしの世界。その言葉が、引っかかった。
ウエキにとって、ここは自分が世界の中心であり、主人公なのだ。そんなこと、あり得ないのに。
(この人は毒づいてばかりで。王太子妃どころか、まともに生きていけると本当に思っているのかしら)
最初は、ユーリア・ベルセリウスの名が地に落ちたことが恥ずかしくて、しょうがなかったけれど。
こんなひどい人間に、優しくする人などいないと納得した。
棘だらけで、口にするのは悪口か嫌味ばかり。使用人を人とも思わず、自分が一番賢いと思いあがっている、醜い化け物。
この女を退治できるのは、きっとわたし自身だけだもの。
そして、ウエキにはパーティの招待状は一切届かなくなった。
月明りと夜の静けさだけが、わたしの友人だった。
社交界で、ウエキの傍若無人さはあっという間に知れ渡ったからだ。令嬢たちは、決してウエキには近づかない。
先日催されたパーティで、ウエキはさんざん悪態をついていた。
令嬢たちが挨拶をしても「ふーん? 子爵と、そっちは伯爵令嬢? あたしの方が身分は上だけどね」と、あまりにも不愉快な態度で返す。
そんなバカみたいな会話があるだろうか?
教養のない人の会話は、自慢と嫌味と悪口ばかりになると聞いたことがある。
ウエキの会話は、まさにそれだった。
己の優位性を誇って相手をやりこめるなんて、愚かな行為でしかない。
品位のかけらもない発言に、どこの誰か「さすがは侯爵令嬢ですね」「わたし達とは違い、高貴ですね」なんて、持ちあげてくれるのだろう。
ウエキが言葉を発するたびに、パーティの参加者は眉をひそめた。
彼女の口をふさぎたかったけれど、わたしの手は自分の思い通りに動かすことすらできない。
「ユーリアさま。言動がおかしいって、本当なのね」
「あんな方ではなかったわ。瓜二つの別人じゃないのかしら」
「怖いわ。ユーリアさまの名を騙っているってことでしょう? そっくりな人を連れてきて、ベルセリウス侯爵家を陥れようとしているのかしら」
声をひそめながら、令嬢たちは背中を見せて去っていく。
ウエキの周りには、誰もいなくなった。
「ユーリアさま。お疲れでしたら、もう屋敷にお戻りになった方が」
お目付け役であるシャペロンの女性が、ウエキに耳打ちする。
これ以上、恥をさらしてはいけないと案じてのことだろう。
わたしだって、一刻も早く家に戻りたい。
「はぁ? 来たばっかりじゃないのよ」
ウエキだけが、反対意見だ。
楽団が、ワルツを奏でる。軽やかな音楽にのって、ダンスが始まった。
誰からもダンスに誘われないなど、生まれて初めてのことだった。
ウエキは壁に背中をもたれさせて、立っている。
「なによ。あんなブスに、よくもダンスの相手がいるものね」
口の端をゆがめて、ウエキはホールの中央を眺めている。ひらりと広がる令嬢たちのドレスの裾や、リードする紳士たちの美しい立ち姿。
「ま、いいけどさ。どうせ、あたしはダンスなんて習ってないし」
聞くのが、いたたまれなくなるほどに、ウエキの言葉は負け惜しみだった。
ウエキは運ばれてきたグラスに入ったお酒を、ぐいっとあおる。
「ぬるいわね。冷凍庫がなくっても、山から氷を運んで夏まで保管とかできないの? もっと、キンキンに冷えたのじゃないと、おいしくないのよ」
「ユーリアさま。いい加減になさいませ」
ウエキの近くに控えるシャペロンが、ぴしりと叱責した。わたしのお目付け役を担当している彼女の、そんな厳しい様子を見るのは、初めてのことだった。
「うるさいわねぇ。なんで叱られなきゃいけないのよ。あたしの世界なのよ」
ちょうど音楽が途切れた時だったので、ウエキの声はホールに響いて聞こえた。
あたしの世界。その言葉が、引っかかった。
ウエキにとって、ここは自分が世界の中心であり、主人公なのだ。そんなこと、あり得ないのに。
(この人は毒づいてばかりで。王太子妃どころか、まともに生きていけると本当に思っているのかしら)
最初は、ユーリア・ベルセリウスの名が地に落ちたことが恥ずかしくて、しょうがなかったけれど。
こんなひどい人間に、優しくする人などいないと納得した。
棘だらけで、口にするのは悪口か嫌味ばかり。使用人を人とも思わず、自分が一番賢いと思いあがっている、醜い化け物。
この女を退治できるのは、きっとわたし自身だけだもの。
そして、ウエキにはパーティの招待状は一切届かなくなった。
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