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1、閉じ込められて
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わたしが二十歳になった時。この体は見知らぬ女に乗っ取られた。
頭痛がひどくて、薬湯を飲んでも治らず。頭が割れそうで、ベッドの上でのたうち回るしかなかった夜のこと。
わたし、ユーリア・ベルセリウスの脳内に声が響いたのだ。
「これがあたし? すっごい美人じゃん」
寝込んだままなのに、わたしはなぜか手鏡を覗きこんでいた。
映っているのはいつものわたし。はちみつ色のふわふわの髪に、碧の瞳。
でも、表情が違う。
わたしは眉間にしわを寄せたりしない。口の端をゆがませて笑ったりしない。
「うわ、ヨダレでるんですけど。ちょっとぉ、いい男がいるじゃないの」
(え? なに?)
次に声が聞こえたのは、日差しが溢れる午後だった。
翌日なのか、その次の日なのかは分からない。
「もっとよく見なくちゃね」
貧血まで起こして、立ちあがることなどできなかったはずなのに。わたしの体は、自分の意思とは無関係に二階の窓から外を眺めていた。
崖の近くに建つ屋敷からは、水平線が見える。崖のぎりぎりまで庭やハーブ園が広がっている。
ぼんやりとかすむ視界には、わたしの婚約者であるコンラード殿下と護衛騎士のエリクさま、それにアマリアお姉さまがいた。
睡蓮の花が咲く庭の池のほとりで、三人は話をしている。どうやら頭痛で臥せっているわたしのことを案じているらしい。
(殿下やエリクさままで、お見舞いに来てくださったのね)
王太子であるコンラード殿下とお姉さまやわたしは幼なじみ。そしてエリクさまは、伯爵家の次男でいらっしゃる。
わたしやお姉さまに会うと「ぼくのことはエリクでいいですよ。敬語も必要ないですよ」とおっしゃるのだけれど。
わたしもお姉さまも、敬語が抜けない。
コンラード殿下は、くせのある美しい金髪に夏の海の色の瞳をなさっている。
護衛のエリクさまは、ひときわ身長が高く、夜の色の髪と瞳だ。
「ユーリアの頭痛には、薬湯が効かないらしいの。お庭にある夏白菊でハーブティーを淹れてあげようかと思うのだけれど」
海を渡る潮風にのって切れ切れに聞こえてくるのは、お姉さまの声だった。
(お姉さまったら、ほんとうにわたしには甘いんだから。ちゃんとご自分のことも、考えなくっちゃ)
本当は、お姉さまは一緒にいるエリクさまのことが大好きなのに。せっかく彼とお話しできるチャンスなのに、妹のことばかり考えるんだから。
そんなところも、大好き。
お姉さまのことを考えると、胸の奥がほわっと温かくなる。
アマリアお姉さまは、わたしが小さい頃によく花冠を作ってくれた。
シロツメクサだったり、タンポポだったり。野原に咲いている花を集めては編んでいた。
甘い香りのする花冠をわたしの頭に乗せて、アマリアお姉さまはにっこりと笑っていた。
あの頃は、お姉さまが七歳。わたしが五歳。
ベルセリウス侯爵家の姉妹で、おなじはちみつ色の髪に、碧の瞳。お姉さまのほうが、髪はまっすぐで、わたしはふわふわのくせ毛だった。
花冠のために草の緑に染まったお姉さまの手と、やわらかな笑顔を見るたびに「わたしがお姉さまを幸せにするの」と意気込んでいたものだ。
「なによ、あの女。男に囲まれて、いい気になってんじゃないの? はーん? このブスが」
(え? またこの声)
わたしの口をついて出た言葉は、決して自分のものではなかった。
とげとげしい口調、ヒステリックな物言い、陰険な言葉。どれもわたしが口にするはずもない内容なのに、声は明らかにわたしのものだった。
(ちょっと、どういうこと?)
声が出ない。
思考はできるのに、唇が自分の思うようには動かない。
わたしは、自分自身の中に閉じ込められていた。
頭痛がひどくて、薬湯を飲んでも治らず。頭が割れそうで、ベッドの上でのたうち回るしかなかった夜のこと。
わたし、ユーリア・ベルセリウスの脳内に声が響いたのだ。
「これがあたし? すっごい美人じゃん」
寝込んだままなのに、わたしはなぜか手鏡を覗きこんでいた。
映っているのはいつものわたし。はちみつ色のふわふわの髪に、碧の瞳。
でも、表情が違う。
わたしは眉間にしわを寄せたりしない。口の端をゆがませて笑ったりしない。
「うわ、ヨダレでるんですけど。ちょっとぉ、いい男がいるじゃないの」
(え? なに?)
次に声が聞こえたのは、日差しが溢れる午後だった。
翌日なのか、その次の日なのかは分からない。
「もっとよく見なくちゃね」
貧血まで起こして、立ちあがることなどできなかったはずなのに。わたしの体は、自分の意思とは無関係に二階の窓から外を眺めていた。
崖の近くに建つ屋敷からは、水平線が見える。崖のぎりぎりまで庭やハーブ園が広がっている。
ぼんやりとかすむ視界には、わたしの婚約者であるコンラード殿下と護衛騎士のエリクさま、それにアマリアお姉さまがいた。
睡蓮の花が咲く庭の池のほとりで、三人は話をしている。どうやら頭痛で臥せっているわたしのことを案じているらしい。
(殿下やエリクさままで、お見舞いに来てくださったのね)
王太子であるコンラード殿下とお姉さまやわたしは幼なじみ。そしてエリクさまは、伯爵家の次男でいらっしゃる。
わたしやお姉さまに会うと「ぼくのことはエリクでいいですよ。敬語も必要ないですよ」とおっしゃるのだけれど。
わたしもお姉さまも、敬語が抜けない。
コンラード殿下は、くせのある美しい金髪に夏の海の色の瞳をなさっている。
護衛のエリクさまは、ひときわ身長が高く、夜の色の髪と瞳だ。
「ユーリアの頭痛には、薬湯が効かないらしいの。お庭にある夏白菊でハーブティーを淹れてあげようかと思うのだけれど」
海を渡る潮風にのって切れ切れに聞こえてくるのは、お姉さまの声だった。
(お姉さまったら、ほんとうにわたしには甘いんだから。ちゃんとご自分のことも、考えなくっちゃ)
本当は、お姉さまは一緒にいるエリクさまのことが大好きなのに。せっかく彼とお話しできるチャンスなのに、妹のことばかり考えるんだから。
そんなところも、大好き。
お姉さまのことを考えると、胸の奥がほわっと温かくなる。
アマリアお姉さまは、わたしが小さい頃によく花冠を作ってくれた。
シロツメクサだったり、タンポポだったり。野原に咲いている花を集めては編んでいた。
甘い香りのする花冠をわたしの頭に乗せて、アマリアお姉さまはにっこりと笑っていた。
あの頃は、お姉さまが七歳。わたしが五歳。
ベルセリウス侯爵家の姉妹で、おなじはちみつ色の髪に、碧の瞳。お姉さまのほうが、髪はまっすぐで、わたしはふわふわのくせ毛だった。
花冠のために草の緑に染まったお姉さまの手と、やわらかな笑顔を見るたびに「わたしがお姉さまを幸せにするの」と意気込んでいたものだ。
「なによ、あの女。男に囲まれて、いい気になってんじゃないの? はーん? このブスが」
(え? またこの声)
わたしの口をついて出た言葉は、決して自分のものではなかった。
とげとげしい口調、ヒステリックな物言い、陰険な言葉。どれもわたしが口にするはずもない内容なのに、声は明らかにわたしのものだった。
(ちょっと、どういうこと?)
声が出ない。
思考はできるのに、唇が自分の思うようには動かない。
わたしは、自分自身の中に閉じ込められていた。
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