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4、電車

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 普通電車しか停まらへん駅やから、下りの電車を、駅のホームで何本か見送った。「冷房の効いてるホームの待合室で座っとき」ってゆうたのに。お嬢は行き過ぎる特急や急行を見送ってる。

 風が起こるたびに、淡い水色と白のストライプのワンピースの裾がひらめいてる。白い丸襟に、麦わら帽子という絵にかいたような清々しい姿や。

「あかんて、熱中症になったらどないするん」

 俺は、黒い日傘をお嬢に差しかけた。さすがにネクタイ姿っていう訳にもいかへんから。今日はTシャツの上にリネンのジャケットをはおってる。
 サングラスはどないしよかと思たんやけど。ホームの照り返しがきついから、色の薄いのんをつけてきた。

 電車を待ってる女性が何人か、俺の方をちらっと見ては目を逸らす。
 きっと清楚なお嬢と、胡散臭い俺との組み合わせがおかしいんやろな。うう、人さらいやないです。

「ね? 花ちゃん。わたしの言ったとおりでしょ?」
「なにがですか?」

 ホームの丸印の位置に並んだお嬢が、俺を見あげてきた。なんでか知らんけど、顔が誇らしそうや。

「花ちゃんはね、前髪を下ろしたら、すっごくかっこいいのよ」
「チャラないですか?」
「ほら、あっちのお姉さんも、上りホームのお姉さんも。花ちゃんのことを見てるでしょ」

 お嬢がうれしそうに眩しい笑顔を見せた。

「人相が悪い男が、小学生と一緒やから見られてるんとちゃうやろか」
「ちがうよ。花ちゃんは素敵よ。月葉が保証する」

 真剣な言葉には力がある。俺は頬が染まるのを感じた。
 そっか。俺は、お嬢にとっては素敵なんやな。

 水族館までは普通電車で三駅や。俺らはロングシートに並んで座った。
 乗ってる時間は十分程度やのに。いつもの車やのうて、わざわざ電車っていうとこが、いかにもお出かけっぽい。

 二駅過ぎたところで、車窓から見える家と家の間に海が見え隠れした。
 お嬢はふり返って、窓の外を眺めてる。

「わくわくするね、花ちゃん」
「もうすぐ家並みが切れますよ。目の前が海になります」

「ほら」と指さすのと同時に、視界が青に染まった。海の青と空の青。どっちも似てるけど、ちょっと違う。きらきらの光が海面に反射して。いくつものウィンドサーフィンのセイルが、蝶の翅のように見えた。
 沖を行く客船が小さく見える。

「わぁ、海に行きたいね。花ちゃん」
「お嬢。泳げるんですか?」

 たしか、二十五メートルがぎりぎりで。去年は、夏休み中に学校のプールに呼び出されとったんやなかったっけ。

「あのね、海辺とかプールサイドのチェアーに横になって、カクテル? っていうのを飲むの。ブルーハワイってかき氷だけだと思ってたけど。お酒でもあるんでしょ」
「酒はまだ早いなぁ」
「でも、パイナップルとかチェリーが飾ってあるカクテルって可愛いし」

 何気に海外のリゾートを想定してるって、本人は気づいてへんのやろな。

「そういうカクテルは見た目は可愛いし、甘くしてあるから飲みやすいけど。アルコールの度数が高いから。大人になっても、俺以外とは飲まん方がええで」
「なんで? 少しだけなら大丈夫なんでしょ?」
「うっ」

 澄んだ瞳で問われて、俺は言葉に詰まった。
 言えるわけあらへんやんか。初恋もまだの子ぉやで。意識が飛ぶくらい飲まされて、危険な目に遭うやなんて。想像するのもイヤやし、口にするんもイヤや。

「あんな、よその男は怖いねん。どんなにお嬢に優しくても、実際はどうか分からへんねんで」
「怒られるってこと?」

 怒られて、涙を浮かべるくらいならまだマシや。まぁ、お嬢を泣かす奴は俺が許さへんねんけど。

「よく分からないけど。花ちゃんと一緒だったらいいのね」
「そうそう。ええ子やから、俺の言うことを聞いといてください」
「じゃあ大人になったら、ビーチでカクテルを飲むの。花ちゃんと一緒よ。約束ね」

 お嬢は小指を差しだしてきた。
 普通電車でよかった。一駅目で、ほとんどの人が特急や急行に乗り換えたから、車内は俺らしかおらへん。

 俺の小指に、お嬢が細い小指を絡ませて「ゆびきりげんまん、ね」と微笑む。

 カクテルかぁ。
 夏やったらライチとグレープフルーツのチャイナブルーとか、ミントたっぷりのモヒートとか。爽快なジンフィズとか。
 あ、でも。ノンアルのカクテルのほうがええかな。
 まあ、あと十年近く先のことやけど。

「お嬢は、早よ大人になりたいん?」

「そうよ」と、何を当たり前のことを? とばかりにお嬢がうなずいた。
 子どもの時間は貴重なんやから。なんも急がんでもと思うけど。

「だって、花ちゃんにふさわしい大人の女性になりたいんだもの」

 離れていくお嬢の小指を、俺の小指が再びとらえた。無意識やった。
 カタン、カタタンと線路の継ぎ目の音が聞こえる。

「花ちゃん?」
「いや、なんでもありません。指切りげんまん、な」
「二度目だよ?」

 お嬢が小首をかしげる。
 二度目でもええんです。何度でも約束するんです。
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