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2、朝食

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 俺は組長オヤジの家の離れに住んどう。ほんまは近くにマンションを借りとったんやけど。お嬢が小さいときに、俺を探しに家を出たことがあった。
 確か五歳くらいやったかな。

 この辺は高級住宅街で、焔硝組は大正時代から存在してる組や。地域の皆さんの相談事に乗ることも多くて、行政がなんもしてくれへん時は焔硝組を頼れって言われてたほどらしい。
 まぁ、その時代には、当然やけど俺はまだ生まれてへんねんけど。

 せやからヤクザの娘が一人で歩いとっても、そないに問題はない。
 問題は、よその組がアホなことを考えてお嬢を誘拐せぇへんかということや。
 
 小学校が夏休みに入って、数日経った。
 お嬢が学校から持って帰って来た朝顔は、今朝もすがすがしい青い花を咲かせてる。

 銀いぶしの瓦屋根の、広い日本建築の家は庭も広うて。小さかった頃のお嬢が素足で遊べるように、庭の一部には芝が青々と茂ってる。
 部屋住みといわれる若手は、本部に詰めとうから。俺みたいに、組長の家に住んでる奴はうちの組にはおらへん。

「あ、おはよう。花ちゃん」

 縁側に座って、足をぷらぷらさせながらお嬢が明るく声をかけてくる。
 腕時計を見ると、まだ七時前や。

「おはようさんです。お嬢、こないにはようから、何をしてはるんや?」
「読書感想文の本を読んでるの」

 真面目やなぁ。朝食もまだやろに。見ればミヒャエル・エンデの『モモ』やった。
 こないだまで絵本を読んでたと思てたのに。大きなったなぁ。

「お嬢。朝はまだやろ? ねえさんはどないしはったんや?」
「ママ? あのね、ご飯を食べてからウォーキングに行ったよ。パパと一緒に」
「健康的な組やで」

 パタン、と本を閉じてお嬢が立ちあがる。沓脱石においてあるサンダルを履いて、庭に降りてきた。頭の上の方で結んでるポニーテールが、元気に跳ねる。

「朝ごはんね、花ちゃんと一緒に食べようと思って待ってたの」
「せやったんか。昨夜の内に教えてくれとったら、もっと早よ来たんやけど」

 俺はお嬢の頭にぽんぽんと手を置いた。
「ふふ」とお嬢が嬉しそうに笑う。

「花ちゃんは、そうやって前髪を下ろしていた方がいいね」
「そうやろか? ちょっと威厳が足りへんから、オールバックにしてるんやけど」
「月葉は、今の花ちゃんの方が好きだよ」

 たまにお嬢の一人称が「わたし」から「月葉」になる時がある。
 それが俺の前だけやったらええのに、と思うんは我儘やろか。

 涼しいうちに水をあげたんか、朝顔の葉からは水のしずくが落ちとった。
 
 広い食堂には、通いのお手伝いさんが作ってくれた朝食が置いてあった。
 朝は和食が多いけど、今日はクロワッサンと目玉焼きにウィンナー。それからおしゃれにザクロの実を散らしたサラダやった。

「きれいね、まるで宝石みたい」

 ザクロの粒をスプーンに集めては、お嬢は目を輝かせてる。
 テーブルを挟んで向かいの席に座った俺は「ガーネットを柘榴石ともいうから、あながち間違いでもあらへんな」と答えた。
 女の子は、きらきらしたもんが好きやな。

「そういえば明日ね。パパが水族館に連れて行ってくれるんだって」
「そら、ええですね」

 ぱりっと焼けたクロワッサンを手でちぎる。食べると、バターの風味が口に広がった。

「花ちゃんはおみやげ、何がいい?」
「買うてきてくれるんですか? 別に気にせんでもええのに」

 明日は俺も休みやから、お嬢をどっかに連れていったろかと思てたんやけど。
 まぁ、親子の休日の邪魔をしたらあかんしな。

 しゃあないな。一人で映画でも見に行くか。けど、今は何を上映しとんやろ。
 アニメはよう分からんし、アクション映画はそれほど好きでもないし、ホラーも苦手。インド映画?

 いっそ、でかいサメが出てくる映画でもええな。お嬢が一緒やったら、パニック映画は選ばへんのやけど。どうせ一人やし。

「サメのぬいぐるみなんか、どうかな?」

 心を読まれたんかと思て、ぎょっとした。

「ええ年した大人が、ぬいぐるみもあらへんでしょ」
「それもそっかぁ」

 お嬢は目玉焼きの黄身だけを残して、白身をナイフとフォークで切っていた。最後のお取り置きなんかな?

「まぁ、楽しんできてください」
「ほんとは電車で行きたかったんだけど。車の方が安全だって、パパが言うから」
「オヤジはお嬢のパパであって、組長でもあるから。電車は難しいでしょ」

「そうだよね」と、お嬢は眉を下げて笑う。
 俺は、お嬢のその表情が苦手や。

 もっと小さい頃は、屈託のない笑顔ばっかりやったのに。
 二年前に、よその組のチンピラに拉致られてから、お嬢はなんかを諦めること多なった。
 ふつうの子どもみたいな自由さとか、我儘とか。

 港の倉庫に俺が助けに行って、犯人をボコボコにして事なきを得たのに。お嬢の心の柔らかい純真な部分は、ずっと傷ついたままなんかもしれへん。

 せやからよけいに、俺以外の奴ではお嬢のほんまの気持ちを分かってあげられへんのとちゃうやろか。そう思てる。
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