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13、同じ屋根の下

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 陛下からの命で、テオドルやバートら護衛騎士は王宮内に住まうことになった。

「王宮の敷地内も、安全ではないですからね。我らの負担も大きくはなりますが、いざという時にすぐに駆けつけることができますね」

 先輩騎士のバートは、テオドルの荷物を運ぶのを手伝ってくれている。

「まさか荷物はこれだけなのですか? 一往復で運び終えますよ」
「あまり物を持たない主義なので」

 テオドルは応えた。着替えの服を入れた籠や包みばかりなので、荷馬車を使うこともない。

「君を見ていると、人間じゃなくて意思を持った人形のように思えますよ」
「面白味がないですからね」
「面白くないと言うか。傷つかないように、心を閉ざしているように見えますけどね」

 バートは困ったように微笑んだ。
 テオドルがまだ騎士見習いだった頃、従騎士であったバートは、よく声をかけてくれた。
 聖女が命と引き換えに守った少年。テオドルの噂は、誰もが知っていた。

――まぁ、カイノさまじゃなくて、無能なビアンカさまだったから。まだマシだったかもしれんな。
――いくら能無しでも、一応聖女なのにな。子供一人を守って死ぬとか、聖女の名折れだな。

 街の噂があまりにもひどくて、テオドルはまだ十歳だというのに騎士見習いになった。

 外に出なければ、ビアンカの悪口を聞かずに済む。
 修行に励み、騎士たちの馬の世話をして、掃除をして日々を過ごした。
 凍てつく空気や冷たい水に、指をまっ赤にしながら、土に汚れた騎士の服を洗濯した。
 武芸でも労働でもなんでもいい。動いてさえいれば、心ない声を聞かずに済む。

 いつしか、先輩騎士たちが国内に瘴気の沼が現れたという話をするようになった。
 それも一か所でなく、何か所も。

『どうやらビアンカさまが、生前に瘴気を抑えてくださっていたらしいですよ』

 そう教えてくれたのは、当時は従騎士のバートだった。
 寒い厩舎で掃除をしていたテオドルは、箒を手から落とした。

『今では、ビアンカさまを返せと街の者は声を上げているそうです。神殿が真の聖女を追放したから、この国に病が広がったのだと』

 呆然と立ち尽くすテオドルの代わりに、バートは厩舎の床を掃いてくれた。

 ぽたり、と涙が落ちた。
 丸い点が、掃いたばかりの床に落ちる。飼葉の干し草の匂いを、強く感じた。

『よかったですね、テオドル。あなたのビアンカさまは、決して無能などではなかったのです』

 こくりとテオドルはうなずく。

『ぼく……騎士になります。騎士になって、ちゃんと、ビアンカさまとの約束を、守ります』

 きっと聖女としてビアンカは甦る。その日の為に、テオドルは頑張ってきた。

◇◇◇

「入ってもいい? テオドル」

 テオドルにあてがわれた部屋に、セシリアが顔を出した。
 瞳の色に合わせたうすむらさきのリボンで、髪をひとつに結んでいる。どうやら片づけを手伝ってくれるつもりなのか、フリルのついたエプロンをつけていた。

「荷物が、ないわ」
「あります。もう片付けました」
「でも、バートのお部屋はまだ片付いていないわ」

 セシリアと同じ二階の一部屋を、テオドルは使うことになった。バートも同じ二階だ。
 部屋の住人ができたと思えないほど、室内はがらんとしている。

「もともと物が少ないので」
「そうなのね」

 部屋には飾り棚があるが、木製の状箱がひとつ置いてあるだけだ。セシリアは、それに目を向けたが気に留めることもなかった。
 むしろ、窓の外の庭の風景が、セシリアの部屋からとは角度が違って見えるのが気になるらしい。

 よかった。
 テオドルは表情には出さなかったが、ほっとした。

 状箱の中には、手紙が入っている。
 セシリアに、見られて困るというよりも。見られると恥ずかしい。

(私にも、恥ずかしがるという感情が残っていたのか)

 新たな発見だった。
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