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番外編

俺に子育ては難しい。というか頼む夜は寝てくれ ※ソフィ1歳未満

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「ふぎゃあ、ふぎゃあ」

 しまった。ソフィが泣きだした。
 アランは眠い目をこすりながら、慌てて起きた。
 辺境伯の遺児、エルヴェーラを隠れるように連れ出して半年。

 故郷である王都を離れ、地方のプーマラに家を借りてソフィと共に暮らしている。
 誰も知り合いのいない町、きっと寂しい暮らしだろうと思っていたが。
 実際は賑やかすぎた。

「ふ……ふふ、育児がこんなに大変だとは知らなかったぞ」

 気づけば寝間着に着替えることもなく、寝落ちしていた。
 今は初夏だから、風邪を引くこともないが。さすがにちゃんと着替えて、朝まで眠りたい。

 ソフィ。なんでお前は、一時間おきに起きるんだ。そうか、寝るのにも体力がいるもんな。
 老人が早起きするのと、原理は似ているのか?

 寝室の窓ガラスに映る自分の顔は、目の下にくっきりとクマが出来ていた。
 軍にいた頃でも、こんなに憔悴した自分を見たことはない。

「ぎゃあ、ふぎゃあ」
「街から離れた一軒家を借りて、良かったよ。ソフィ、お前の声はでかすぎる」
「ふぎゃああー」
「うんうん。元気、元気」

 自分のベッドの隣に置いた柵のついたベビーベッドから、ソフィを抱き上げる。
 そもそも二十歳になったばかりの男に、子育てなんて無理なんだ。

 しかも令嬢ならば赤ん坊でも泣き声は気品があるものだと思っていた。
 とんだ勘違いだったな。

 ひどい時は、鶏が縊られているのかというような声で泣きわめき。
 かと思うと、哀れさを誘うような「すん、すん」という声で俺の気を引く。
「おお、ソフィ。泣かないでおくれ」と、あやしてしまう自分が心底哀しい。

「ソフィ。お前、本当に令嬢か?」

 ベビーベッドからソフィを抱き上げても、まだ「うぎゃあああ」と泣き続けている。
 待て待て。えーと腹が減ってるのか。
 そのままキッチンに向かおうとして、慌ててソフィを柔らかな毛布で包む。体を冷やしてはいけないからな。

「籠。赤ん坊を運ぶ籠があったよな」

 寝室の端に置いてあった籠を手に取り、キッチンの床に置いてそこにソフィを入れる。種火にしておいた火を点けて、湯を沸かし……ああ、なんですぐに湯が沸かないんだ。
 その間も泣き続けるソフィ。

 アランはソフィを抱き上げて「よしよし」と頭を撫でた。
 その時だった。突然ソフィが泣き止んだのだ。

 よし、この隙に。と籠にソフィを下ろすと。
「ぎゃぁぁぁぁ」と火がついたように泣きはじめる。

 再び抱っこすると、また泣き止んだ。

「ソフィ。お前、もしかして抱っこしてほしいだけなのか?」

 もちろん答える声はない。だが、涙できらきらした蒼い瞳で見つめられると。彼女を下ろすことが罪深いことのようにも思える。
 片手でソフィを抱っこしながら、しかも揺りかごのように揺らしつつ、ミルクの用意をする。
 俺、結構器用だよな。

 大店おおだなの商家が、王都から粉末のミルクやらガラス製の哺乳瓶やらを仕入れているので助かった。
 そもそもエルヴェーラは乳母に育てられているからな。ミルクが売っていなければ、餓死させてしまうところだ。

 ほどよく冷ましたミルクを与えると、ソフィは少し飲んだだけでアランにしがみついてきた。

「やっぱり腹が減っていたわけじゃないのか。というか、お前抱っこが好きすぎだろ」

 今にも閉じそうな瞼と闘いながら、ソフィはなおもアランの顔を見ようとしている。

「ああ、寝なさい。お前の大好きなアランお兄さんは何処にもいかないから」

 お前とずっと一緒に居て、大事に育てるから。
 マシュマロのような彼女の柔らかな頬を指でつつくと、ソフィはへにゃっと柔らかく笑った。

 お前、本当に俺のこと大好きだよな。

◇◇◇

 それから数日後。
 連日続くソフィの夜泣きに疲れ果てたアランは、日が高くなってもベッドで眠っていた。ソフィを抱っこしたまま。

 何かが、くいっと袖を引っ張っている。
 ぼんやりとした頭で目を開くと、ソフィの顔があった。

 彼女の背後には、窓から燦燦と光が降り注いでいる。
 ソフィを隠すために家の周囲に植えた木々はまだ若く。ひょろりとした枝と葉が見えるばかりだ。

「あ……ら」
「うんうん。アランお兄さんはここに居るからな。もうちょっと寝ていなさい」
「あ、ら……ん?」

 はい? 突然、アランの視界が明瞭になった。同時に薄雲がかかっていたような思考も、晴れ渡った空のように澄みきった。

「ソフィ。もしかして俺の名前を呼んだか?」

 ソフィを抱き上げると、ふわふわの銀色の髪が窓から差し込む陽の光に煌めいた。

「もしかして、お前が生まれて初めて呼んだのは、俺の名なのか? ご飯でもなく?」

「もう一度呼んでくれ」と頼んでも、ソフィは知らん顔をしている。
 天使のような顔をしていながら、何と冷たい。

 だが、そうか。お前が初めて呼んだのは俺の名前なんだな。

 マクシミリアンからアランと改名して、半年。まだ慣れぬこの名が、初めて自分のものになった日だった。
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