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十三章

5、見ている方が恥ずかしい

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 アランが右に左にと上げた腕を動かすと、テオドルも踊らされるように左右に飛び跳ねている。
 革を取れずに痺れを切らしたテオドルは、アランを睨みつけた。

「おい、いい加減にしろ。用心棒。お前なんかもう雇ってやらないぞ」
「雇うもなにも……お前の父上との契約はすでに終わったしな。そもそも俺に子守りは合わん」
「子守りって言うなっ! あんな貧相な小娘の子守りもうまくできないくせに」

 テオドルが窓の桟から身を乗り出して、アランに掴みかかろうとした。アランは軽く後ろに下がったので、テオドルは体の均衡を崩して、手をバタバタさせた。

「意気地がないのに、よく吠えるな。増長するなよ、お坊ちゃん。俺を馬鹿にするのは見逃してやるが、ソフィに関わることは許さん。前にも忠告したはずだよな」

 アランは右手の親指で、テオドルの額を押さえた。ただそれだけで、テオドルはもう動くことができない。

「い……痛い」
「そりゃそうだろ。痛くしてんだ」
「離せよ」
「それは命令か?」
「き、決まってるだろ」

 テオドルの声は震えている。それをアランに悟られないように必死に押さえこんでいるようだが、成功していない。

「なぁ、若旦那。どうする?」
「この子は礼儀を学ばせるべきっす。峠の走り屋のグループに放り込んでみましょうか。結構厳しく鍛え上げられるんで。地主さんに話を持ち掛けてみるっす」

 カスパルの提案に、テオドルの顔から血の気が失せた。
「いいっすね?」と確認をとるその表情が、気のいい若旦那ではなく、峠のカスパルと呼ばれる、やんちゃすぎる男のぎらついた目になっていたからだ。

 放心状態のテオドルを、アランは放置した。次いで教室内に向けて手招きし、ソフィを呼び寄せる。

 三人のやり取りに注目していた級友たちも、それぞれの会話や予習に戻っていく。ただ一人、テオドルだけが、力なく床にへたり込んでいた。

「峠……走り屋……」と、ぶつぶつと呟きながら。

「ほら、大事な物なんだろ」
「う、うん。ありがと」

 ソフィが差しだした両手に、アランが革を置いてくれる。

「どうして学校にアランがいるの?」
「通りがかっただけだ。ついでに郵便局で手紙を受け取ったから、届けに来た。今日は帰りが遅くなるかもしれないからな」

 無表情で答えるアランの背後で、カスパルが肩を震わせている。
「素直じゃないっすね、顔が見たかったと言えばいいのに」という小さな声が届いた。アランは、しきりに自分の顎に触れながらカスパルから視線を逸らす。

 今朝はわたしが目覚める前に、アランは仕事に行っていたし。顔を合わせてなかったから、嬉しいけど。
 渡された革にも封筒にも、彼の手の温もりが残っているような気がして。
 
 なんというか……こう。頬が熱い。
 顔が赤くなったら、皆に見られて恥ずかしいのに。アランだって困るのに。
 ソフィは両手で頬を挟んで、窓に背中を向けた。

 そんな彼女をアランは目で追った。伸ばしかけた手を途中で止めて、結局は握りしめてしまう。

「ほら、行くぞ。若旦那。用は済んだ」

 さっさと歩きだすアランの背中とソフィを見比べて、カスパルはもぞもぞと体を動かす。

「見てるこっちが恥ずかしいっす」
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