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十二章
5、間違ってない
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「可哀想に。こんなに冷えきって……」
アランのてのひらに、わたしの足がのってるんですけど。
バクバクだか、ドキドキだか分からないけど。胸が大騒ぎだ。
今にも心臓が口から飛び出してしまいそう。
「アラン、お願い……離して」
「いやだ」
「足を拭くくらい、自分でできるから」
「髪でさえ、俺が洗っているのに。何を今さら」
ソフィは顔だけじゃなく耳まで真っ赤に染まった。
ああ、どうしてお風呂で肌を見せて平気だったんだろう。髪を洗ってもらうなんて、そんな恥ずかしいことをアランに任せていたなんて。
「こ、今度から、髪も自分で洗う……から」
「ダメだ」
ほんの一瞬の間も置かずに、却下されてしまった。
さっきまでの強い自分、どこ行ったの? 帰って来てよ。恥じらうとか、柄じゃないのに。
「ソフィの髪を洗うのは、俺の特権だ。奪わせない」
空いた右手で、アランはソフィの髪をすくった。
ソフィの瞳を見つめたままで、柔らかな髪にキスをする。
(やっぱりわたしの髪の毛って、神経が通ってるんだよー。アランの唇の感触が……かさついた感じが伝わるんだもん)
ソフィもアランから目を離すことができなかった。
「それと、こうしてソフィの肌に触れるのも俺だけだ。間違っているか?」
「……間違って……ない」
ソフィは上ずった声で、ようやく答えた。
頬が、耳が、首が熱い。熱いのよ、アラン。
アランは鞄から、足首までを覆う短いブーツを取りだした。
「このブーツは?」
「城の見取り図や鍵と一緒に預かって来た。逃げる時に必要だろう、と。ありがたく貸してもらえ」
「うん」
ソフィの足よりも少し大きいブーツを、履かせてもらう。
よく手入れされた革は年季が入っている。外出を想定していない繊細な布の靴よりも、よほど素敵だ。
温室を出て、馬の背に重ねた植木鉢を積み、さらに奥へと向かう。
温室のその向こうは、開けた場所だった。
「墓地だな」
立派な城には似合わぬ簡素な二つの木の墓。寄り添うように立つそれらの墓の隣にも、小さな墓が並んでいる。
十三年前に亡くなった辺境伯の家族だろうか。
隆盛を誇っていた辺境伯とも思えぬわびしさだ。
自分も乳母やアランに助けられなければ、ここに埋葬されていたのだ。何も記憶に留めぬままに。
二人の人生をかけた勇気と、溢れんばかりの愛情をかけたもらったから、こうして今自分はいるのだ。
馬を降りたソフィは、墓地を進んだ。
先に誰か訪れたのか、新雪に埋もれていない足跡が残っている。
女性にしては大きいが、男性の足跡にしては小さく足の幅も狭い。
一定の歩幅で刻まれた足跡は、その人の規律正しい歩き方を表していた。
墓地の中央。二つ並んだ墓の片方に、花が掛けられている。
すでに枯れてしまっているが、それはまるで花冠のように、花の首飾りのように、墓を彩っている。
風雪にさらされて褪せてはいるものの、イヴォンネと読むことができた。
墓地の端には、墓も立てられずにただ石だけが置かれた一角がある。
規則正しい足跡は、そちらに向かっていた。
凍てて萎れてしまっている、石の前に置かれた花には見覚えがある。ベアタが持っていた花だ。
(この石はベアタのお母さんのお墓?)
萎れた花の横に、小さな野の花が置いてあった。指先ほどの花は青く、緑の葉も花びらも瑞々しい。
「この花は?」
「雪割草というらしい」
「……そう」
この花を供えた人のことを、ソフィは思った。
強くて、任務の為ならばためらうことなく人の命を奪う。けれど、彼女がどうして悔いていないといえるのだろう。
押し潰されそうになる悔恨を、必死で心の内に抑え込んでいるかもしれないのに。
ソフィは石の墓の前にひざまずき、祈りを捧げた。
ありがとう、どれほど感謝しても足りやしないけれど。
あなたの……乳母という役目を越えた愛情が、わたしを生かしてくれたの。
アランのてのひらに、わたしの足がのってるんですけど。
バクバクだか、ドキドキだか分からないけど。胸が大騒ぎだ。
今にも心臓が口から飛び出してしまいそう。
「アラン、お願い……離して」
「いやだ」
「足を拭くくらい、自分でできるから」
「髪でさえ、俺が洗っているのに。何を今さら」
ソフィは顔だけじゃなく耳まで真っ赤に染まった。
ああ、どうしてお風呂で肌を見せて平気だったんだろう。髪を洗ってもらうなんて、そんな恥ずかしいことをアランに任せていたなんて。
「こ、今度から、髪も自分で洗う……から」
「ダメだ」
ほんの一瞬の間も置かずに、却下されてしまった。
さっきまでの強い自分、どこ行ったの? 帰って来てよ。恥じらうとか、柄じゃないのに。
「ソフィの髪を洗うのは、俺の特権だ。奪わせない」
空いた右手で、アランはソフィの髪をすくった。
ソフィの瞳を見つめたままで、柔らかな髪にキスをする。
(やっぱりわたしの髪の毛って、神経が通ってるんだよー。アランの唇の感触が……かさついた感じが伝わるんだもん)
ソフィもアランから目を離すことができなかった。
「それと、こうしてソフィの肌に触れるのも俺だけだ。間違っているか?」
「……間違って……ない」
ソフィは上ずった声で、ようやく答えた。
頬が、耳が、首が熱い。熱いのよ、アラン。
アランは鞄から、足首までを覆う短いブーツを取りだした。
「このブーツは?」
「城の見取り図や鍵と一緒に預かって来た。逃げる時に必要だろう、と。ありがたく貸してもらえ」
「うん」
ソフィの足よりも少し大きいブーツを、履かせてもらう。
よく手入れされた革は年季が入っている。外出を想定していない繊細な布の靴よりも、よほど素敵だ。
温室を出て、馬の背に重ねた植木鉢を積み、さらに奥へと向かう。
温室のその向こうは、開けた場所だった。
「墓地だな」
立派な城には似合わぬ簡素な二つの木の墓。寄り添うように立つそれらの墓の隣にも、小さな墓が並んでいる。
十三年前に亡くなった辺境伯の家族だろうか。
隆盛を誇っていた辺境伯とも思えぬわびしさだ。
自分も乳母やアランに助けられなければ、ここに埋葬されていたのだ。何も記憶に留めぬままに。
二人の人生をかけた勇気と、溢れんばかりの愛情をかけたもらったから、こうして今自分はいるのだ。
馬を降りたソフィは、墓地を進んだ。
先に誰か訪れたのか、新雪に埋もれていない足跡が残っている。
女性にしては大きいが、男性の足跡にしては小さく足の幅も狭い。
一定の歩幅で刻まれた足跡は、その人の規律正しい歩き方を表していた。
墓地の中央。二つ並んだ墓の片方に、花が掛けられている。
すでに枯れてしまっているが、それはまるで花冠のように、花の首飾りのように、墓を彩っている。
風雪にさらされて褪せてはいるものの、イヴォンネと読むことができた。
墓地の端には、墓も立てられずにただ石だけが置かれた一角がある。
規則正しい足跡は、そちらに向かっていた。
凍てて萎れてしまっている、石の前に置かれた花には見覚えがある。ベアタが持っていた花だ。
(この石はベアタのお母さんのお墓?)
萎れた花の横に、小さな野の花が置いてあった。指先ほどの花は青く、緑の葉も花びらも瑞々しい。
「この花は?」
「雪割草というらしい」
「……そう」
この花を供えた人のことを、ソフィは思った。
強くて、任務の為ならばためらうことなく人の命を奪う。けれど、彼女がどうして悔いていないといえるのだろう。
押し潰されそうになる悔恨を、必死で心の内に抑え込んでいるかもしれないのに。
ソフィは石の墓の前にひざまずき、祈りを捧げた。
ありがとう、どれほど感謝しても足りやしないけれど。
あなたの……乳母という役目を越えた愛情が、わたしを生かしてくれたの。
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