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十一章

3、そうだ、仕立て屋さんを襲おう

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 仕立て屋さんって、服を作る仕事だもんね。しかも繊細なドレスを縫うんだから、きっと細腕だよね。よく知らないけど。
 だとしたら、勝てるよね。
 最近はさぼっているけど、これまでちゃんと鍛えていたんだから。

 ソフィは自分の考えに頷いて、部屋の中を見回した。
 
 武器になりそうなのは、火掻き棒だけだ。
 しかもベアタに火傷を負わせた物だから、できれば使いたくはない。

「うーん。仕立て屋さんが布を裁つ鋏を持ってるといいけど。採寸だからなー。もしかしたら、まち針とか小さな糸切り鋏くらいしかないかも」

 いっそ仕立て屋さんを人質にとっちゃうとか? 盾にするとか?

 巻き込まれてしまう仕立て屋さんには申し訳ないけど。運が悪かったと思って、ちょっと付き合ってもらおう。
 レイフの様子からして、イヴォンネのドレスを仕立て直す人を襲うとは思えない。
 少し手荒な扱いになってしまうけど、怪我をすることはないだろう。
 
 とにかくこの城を逃げ出して、追っ手は温室に隠れてやり過ごす。厩舎を見つけて、馬を奪って一刻も早くプーマラに戻る。そう、アランの元へ。

「よし。完璧。まずは防寒できる服が必要ね」

 ぐっと拳を握って頷くが、ソフィの頭の中からは食料に水、暖を取るための燃料、野営をするための天幕や毛布などが抜け落ちていた。

 しかもキルナ地方は北の果て。
 極夜のこの時季、空が薄明るくなる時間は限られており、地理に詳しい者でなければ、長い移動は難しいことに気づいていない。
 
 室内のタンスをごそごそと探るが、収納されているのは赤ん坊の服ばかりだ。まったくもって使えない。

 仕立て屋さんの服を奪うのは、さすがに非道だし。
 うーん、でも外套くらいなら……いいかな? 

 ドアをノックする音。続いてレイフの声が聞こえる。

「入りますよ」
「はーい」

 弾んでしまう声をなんとか抑える。
 手順としてはレイフが出ていってから、仕立て屋さんから鋏を奪って脅して、外套と手袋を奪う。それでメジャーで仕立て屋さんを縛り上げて、自分は窓から木を伝って外に出る。

「よし、完璧」

 初対面の相手に情け容赦ない仕打ちだが、今は非常時。ごめんなさい、か弱い仕立て屋さん。
 
 扉が開き、レイフに続いて入って来た仕立て屋に注目する。

「へ?」

 瞬きすることも忘れた。
 目深にニット帽をかぶり、口元をストールで覆っている。やけに逞しい女性の仕立て屋さん。
 キルナ地方って寒いし、極厚の革のコートをぐいぐい縫う必要があるから、筋骨たくましくなってしまうのだろうか。
 これは勝てない。

「すみません。外は寒いので、こんな姿で失礼いたします」

 ふんぞり返ったえらそうな姿勢で、仕立て屋さんは帽子とストールを外した。短い金色の髪に意志の強い瞳が、ソフィを見つめている。

「グ……っ」
「ぐ? どうかなさいましたか」
「な、なんでもないの。ちょっとのどに詰まっちゃって」

 何も飲んでないし食べていないから、苦しい言い訳かと思ったけど。レイフは「気を付けてください」と納得した。
 
 仕立て屋を名乗っているのは、グンネルだ。
 針なんて持ったら、指先でぱきんと割ってしまいそうな力強さ。ちまちまと鋏で布を裁つなんて面倒だ、いっそ剣で切り裂けばいいと言い放つだろう。

「素敵なお嬢さまですね。結婚式は冬の間に行われるのでしたよね。白い雪が光を反射して、銀の髪をより一層美しく輝かせることでしょうね」

 グンネルが現れたことも、彼女に褒められることも想定していなかったソフィは、固まってしまった。

(分かんない。ほんと、訳分かんない)

 そんなソフィに向かって、グンネルはレイフから見えないように「しーっ」と唇の前に人差し指を立てた。

 グンネルの賛辞にレイフは顔がにやけている。イヴォンネが着用していたドレスを渡して、グンネルにあれこれと指示している。

(ううん。訳分かる)

 辺境伯の爵位や地位はすでに失われているし、エルヴェーラがそれを継いでいるわけではないけれど。
 レイフが辺境伯の名残としてエルヴェーラを立てようというのなら。それはいずれ中央に対して造反を招く恐れがある。

(禍の芽を早々に摘みにきたんだよね。だとしたら、グンネルはわたしにとって味方ってわけじゃないわ)

 勝てるわけないよね、グンネルに。
 外套と鋏を奪って、縛り上げてといった手順が、一気に霧散した。

「採寸は下着姿になりますので、殿方は外でお待ちください」

 グンネルは、ソフィの失望など構わずに、レイフに指示を出す。鞄から取り出した木の箱には裁縫道具が入っているようだ。

「いや、だが…イヴォンネ……エルヴェーラさまは私の妻になるのだから」
「花嫁の美しいドレス姿は、お式当日まで我慢なさった方が、楽しみが増しますよ。それに辺境伯の令嬢ともあろうお方が、結婚前の殿方の前に肌をさらすなどあり得ないことです」

 まだ渋るレイフの背中を押して、グンネルは彼を追い出してしまった。
 
 さすがに廊下は寒いのだろう。しばらく扉の向こうにレイフはとどまっていたが、廊下を立ち去る足音が聞こえた。
 グンネルは扉に耳をつけて、物音がしなくなったことを確認する。
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