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四章
1、見たくもない貼り紙
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今日は休みなので、アランは庭の椅子で本を読んでいた。
軍出身の用心棒という武骨な仕事をしているが、実は恋愛絵物語が好きだ。大好きだ。
大きな声では言えないし、小さな声でも言いたくはないが。
きっかけは上官だったグンネルに恋愛絵物語を押し付けられて、感想を求められたことだった。
絵物語だから、やたらと挿絵が多い。
しかも至近距離で見つめあったり(互いに目にゴミでも入ったのを確認してるのか? それとも相手の吐く息を吸う特殊性癖でもあるのか? と最初は思ったものだ)とか。
お姫さま抱っこでヒロインを抱き上げるヒーローとか(そんな細腕で軽々と抱えるなんて無理だろ、王子、鍛え直して来い。あと腰を痛めるぞ、と何度もツッコミを入れた)
まぁ、要するに最初はまったく興味がなかった。
だが、いつの間にかはまっていた。不思議なものだ。
とはいえソフィに見つかると、さすがに恥ずかしいから、革のカバーをかけて隠しているのだが。
「う、嘘だろ。なんでヒロインを捨てるんだ。こんなにも健気に愛されてるのに。お前、男の風上にもおけないぞ」
絵物語に夢中になったアランは、身を乗りだして本に顔を近づけた。
「そうかよ。あー、そうですか。お前はそういう奴なんだな。結局は地位が一番なんだ。愛情とかどうでもいいんだろ」
下衆なヒーローに悪態をつきつつ、アランは舌打ちをする。
「なぜ、ヒロインを冷淡に扱わない、温和で優しいヒーローを描いた絵物語がないんだ?」
「そういう恋愛ものはドキドキがないし、需要ないと思います」
突然声をかけられて、アランは固まってしまった。
見られた? 恋愛絵物語を読んでいる姿を?
恐る恐る顔を上げると、眼前には見覚えのある赤毛の少女が立っていた。ソフィの友人のクラーラだ。
うちに遊びに来ることも多いし、不本意ではあるが書店で何度か出会ったこともある。
「それ、この間買ってた『偽りの花嫁』ですよね」
「……なんのことだ?」
「ラブリー・ロマンス文庫の」
「さぁ?」
アランは平静を装った。クラーラは帽子をとりながら、本を覗きこんでくる。
それまで帽子で押さえられていた赤毛が、ぼわっと膨らんだ。
うわ、見るな。覗き込むな。
確かにラブリー・ロマンス文庫の『偽りの花嫁』だが、確認するな。
「大丈夫。ハッピーエンドですよ、そのヒロイン幸せになりますから。それからソフィには黙っておいてあげます。あの子、夢見がちですからね。おじさんのそんな姿、見せない方がいいですよね」
「……君は何をしに来たのかな?」
ソフィを育てるまで、アランは子どもと接する機会があまりなかった。ソフィは年齢の割にませていると思っていたが、実はそうでもないのだろうか。
「こんな紙が貼ってあったんで。まぁ、関係ないとは思いますけど。一応」
クラーラが差しだした紙は、土ぼこりで汚れたのかざらっとした手触りだった。
記されているのは『エルヴェーラ・キルナ嬢の情報を求む』だ。しかも情報提供者には、謝礼を与えると書かれている。
心臓を鉤爪で鷲掴みにされたかと思った。一瞬にして、額に冷や汗が浮かぶ。
落ち着け。動揺を悟られるな。
己に言い聞かせ、瞬時に心を鎮める。もう十三年間も忘れていたことだが、軍人だった頃は感情を押し殺すことは得意だった。
「キルナというと辺境伯だな。隣国カシアに我が国の機密を流して、一族が滅ぼされた」
「学校で習いましたよ。なんでも赤ん坊だったエルヴェーラだけが見つかっていないって。だからどこかで生き延びているのかもって先生が言ってました」
「ふーん」
興味なさそうにアランは振る舞った。
大丈夫だ。この貼り紙はきっとプーマラだけではなく、ウェドの国中に貼ってあるだろう。
ここにエルヴェーラがいると、ばれたわけではない。
軍出身の用心棒という武骨な仕事をしているが、実は恋愛絵物語が好きだ。大好きだ。
大きな声では言えないし、小さな声でも言いたくはないが。
きっかけは上官だったグンネルに恋愛絵物語を押し付けられて、感想を求められたことだった。
絵物語だから、やたらと挿絵が多い。
しかも至近距離で見つめあったり(互いに目にゴミでも入ったのを確認してるのか? それとも相手の吐く息を吸う特殊性癖でもあるのか? と最初は思ったものだ)とか。
お姫さま抱っこでヒロインを抱き上げるヒーローとか(そんな細腕で軽々と抱えるなんて無理だろ、王子、鍛え直して来い。あと腰を痛めるぞ、と何度もツッコミを入れた)
まぁ、要するに最初はまったく興味がなかった。
だが、いつの間にかはまっていた。不思議なものだ。
とはいえソフィに見つかると、さすがに恥ずかしいから、革のカバーをかけて隠しているのだが。
「う、嘘だろ。なんでヒロインを捨てるんだ。こんなにも健気に愛されてるのに。お前、男の風上にもおけないぞ」
絵物語に夢中になったアランは、身を乗りだして本に顔を近づけた。
「そうかよ。あー、そうですか。お前はそういう奴なんだな。結局は地位が一番なんだ。愛情とかどうでもいいんだろ」
下衆なヒーローに悪態をつきつつ、アランは舌打ちをする。
「なぜ、ヒロインを冷淡に扱わない、温和で優しいヒーローを描いた絵物語がないんだ?」
「そういう恋愛ものはドキドキがないし、需要ないと思います」
突然声をかけられて、アランは固まってしまった。
見られた? 恋愛絵物語を読んでいる姿を?
恐る恐る顔を上げると、眼前には見覚えのある赤毛の少女が立っていた。ソフィの友人のクラーラだ。
うちに遊びに来ることも多いし、不本意ではあるが書店で何度か出会ったこともある。
「それ、この間買ってた『偽りの花嫁』ですよね」
「……なんのことだ?」
「ラブリー・ロマンス文庫の」
「さぁ?」
アランは平静を装った。クラーラは帽子をとりながら、本を覗きこんでくる。
それまで帽子で押さえられていた赤毛が、ぼわっと膨らんだ。
うわ、見るな。覗き込むな。
確かにラブリー・ロマンス文庫の『偽りの花嫁』だが、確認するな。
「大丈夫。ハッピーエンドですよ、そのヒロイン幸せになりますから。それからソフィには黙っておいてあげます。あの子、夢見がちですからね。おじさんのそんな姿、見せない方がいいですよね」
「……君は何をしに来たのかな?」
ソフィを育てるまで、アランは子どもと接する機会があまりなかった。ソフィは年齢の割にませていると思っていたが、実はそうでもないのだろうか。
「こんな紙が貼ってあったんで。まぁ、関係ないとは思いますけど。一応」
クラーラが差しだした紙は、土ぼこりで汚れたのかざらっとした手触りだった。
記されているのは『エルヴェーラ・キルナ嬢の情報を求む』だ。しかも情報提供者には、謝礼を与えると書かれている。
心臓を鉤爪で鷲掴みにされたかと思った。一瞬にして、額に冷や汗が浮かぶ。
落ち着け。動揺を悟られるな。
己に言い聞かせ、瞬時に心を鎮める。もう十三年間も忘れていたことだが、軍人だった頃は感情を押し殺すことは得意だった。
「キルナというと辺境伯だな。隣国カシアに我が国の機密を流して、一族が滅ぼされた」
「学校で習いましたよ。なんでも赤ん坊だったエルヴェーラだけが見つかっていないって。だからどこかで生き延びているのかもって先生が言ってました」
「ふーん」
興味なさそうにアランは振る舞った。
大丈夫だ。この貼り紙はきっとプーマラだけではなく、ウェドの国中に貼ってあるだろう。
ここにエルヴェーラがいると、ばれたわけではない。
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