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三章
5、結婚できないの?
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午後になり、もう外出してもいいと許可をもらったソフィは、さっそくカニを売りに行った。
バケツの取っ手は壊れてしまったから、両腕で抱えながら足早に進む。
カニはずっしりと重く、バケツの中でわしゃわしゃと動いている。
家を取り囲む木々を抜けると、突然視界が開けた。
眩しさにソフィは目を細める。のんびりと羊が草を食む丘を横目に、町の中へと入る。
プーマラの町で一番高級な食堂にカニを持ち込むと、希望通りの値段で買い取ってくれた。
これで手袋が買える。もうアランの手がかさついたり、荒れたりしない。
そう考えると、思わず笑みが洩れてしまった。
厨房からは野菜を炒めた甘い匂いと、肉を焼く香ばしいかおりが漂っている。
そのにおいをまとわせながら、たゆんと胸とお腹を揺らしながら女性が現れた。
いや、お腹はぽよん、かもしれない。
「おや、ソフィじゃないか。なんだい、カニを売りに来たのかい」
「ハンナ」
ちょうど納品の時間だったのだろう。卵売りのハンナが、窮屈そうに体をひねって戸口から表へ出た。
手には空の木箱を持っている。
「なんだい、機嫌よさそうだね。いいことでもあったのかい」
「アランのプレゼントのお金が貯まったの。ね、ハンナ。これでもっとアランはわたしのことを好きになってくれるかしら」
勢いこんで問いかけると、ハンナは首を傾げた。その表情は明るくない。どうしたんだろう。
「まぁアランは関係ないだろうけどね。プレゼントで男の気を引くのは、あたしゃ感心しないね。女は男に尽くしすぎちゃいけないんだよ。あたしの若い頃なんざ、男の方が贈り物を持って列になっていたもんさ」
「すっごーい。さすがハンナね」
お腹回りにたっぷりと肉のついた今の姿からは想像できないが、ハンナは娘時代は相当もてたのだと聞いたことがある。もちろん、ハンナ自身から。
「でも、どうしてアランは関係ないの?」
「んー、あんたにとっちゃ家族であって、男じゃないからさ」
「……男性だよ?」
「そういう意味じゃなくってさ。ほら、伯父と姪だから恋人にもならないし、結婚もすることがない関係ってことさ」
「えっ?」
(何を言ってるの?)
ハンナの言っていることが、理解できなかった。
彼女はまだ若かりし頃の栄光を語り続けているが。ソフィの耳をただ滑っていくだけで、どんな言葉も頭の中に入ってこない。
(待って、違うよ。わたしはアランの恋人にしてもらうの、お嫁さんになるの。小さい頃から、ずっとそう決めてたんだもん。アラン以外に好きな人なんていないもの)
確かめなくちゃ、きっとハンナは勘違いをしているんだ。
アランはきっと法律とか詳しいに違いない。だって普段からよく読書しているし。物知りだもの。
コインをじゃらじゃらと鳴らしながら、ソフィは家へと急いだ。
だから気づかなかった。店の壁に貼られた一枚の紙に。
バケツの取っ手は壊れてしまったから、両腕で抱えながら足早に進む。
カニはずっしりと重く、バケツの中でわしゃわしゃと動いている。
家を取り囲む木々を抜けると、突然視界が開けた。
眩しさにソフィは目を細める。のんびりと羊が草を食む丘を横目に、町の中へと入る。
プーマラの町で一番高級な食堂にカニを持ち込むと、希望通りの値段で買い取ってくれた。
これで手袋が買える。もうアランの手がかさついたり、荒れたりしない。
そう考えると、思わず笑みが洩れてしまった。
厨房からは野菜を炒めた甘い匂いと、肉を焼く香ばしいかおりが漂っている。
そのにおいをまとわせながら、たゆんと胸とお腹を揺らしながら女性が現れた。
いや、お腹はぽよん、かもしれない。
「おや、ソフィじゃないか。なんだい、カニを売りに来たのかい」
「ハンナ」
ちょうど納品の時間だったのだろう。卵売りのハンナが、窮屈そうに体をひねって戸口から表へ出た。
手には空の木箱を持っている。
「なんだい、機嫌よさそうだね。いいことでもあったのかい」
「アランのプレゼントのお金が貯まったの。ね、ハンナ。これでもっとアランはわたしのことを好きになってくれるかしら」
勢いこんで問いかけると、ハンナは首を傾げた。その表情は明るくない。どうしたんだろう。
「まぁアランは関係ないだろうけどね。プレゼントで男の気を引くのは、あたしゃ感心しないね。女は男に尽くしすぎちゃいけないんだよ。あたしの若い頃なんざ、男の方が贈り物を持って列になっていたもんさ」
「すっごーい。さすがハンナね」
お腹回りにたっぷりと肉のついた今の姿からは想像できないが、ハンナは娘時代は相当もてたのだと聞いたことがある。もちろん、ハンナ自身から。
「でも、どうしてアランは関係ないの?」
「んー、あんたにとっちゃ家族であって、男じゃないからさ」
「……男性だよ?」
「そういう意味じゃなくってさ。ほら、伯父と姪だから恋人にもならないし、結婚もすることがない関係ってことさ」
「えっ?」
(何を言ってるの?)
ハンナの言っていることが、理解できなかった。
彼女はまだ若かりし頃の栄光を語り続けているが。ソフィの耳をただ滑っていくだけで、どんな言葉も頭の中に入ってこない。
(待って、違うよ。わたしはアランの恋人にしてもらうの、お嫁さんになるの。小さい頃から、ずっとそう決めてたんだもん。アラン以外に好きな人なんていないもの)
確かめなくちゃ、きっとハンナは勘違いをしているんだ。
アランはきっと法律とか詳しいに違いない。だって普段からよく読書しているし。物知りだもの。
コインをじゃらじゃらと鳴らしながら、ソフィは家へと急いだ。
だから気づかなかった。店の壁に貼られた一枚の紙に。
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