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三章

1、ソフィとして育てる覚悟

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 アランは暖炉に薪をくべて火を熾した。ぱちぱちと爆ぜる赤い火の粉が、暗くなった室内をぼんやりと照らす。

「訳が分からないんだがな……」

 横顔を火の色に染めながら、アランはぽつりと呟いた。寝室には暖炉がないので、居間に敷物と布団を敷いてソフィを寝かせている。
 苦しそうに何度も寝返りを打つのは、よほど具合が悪いせいだろう。

「なんで秋に川に入ろうと思ったんだ? 理解できない」

 テオドルの監視中だったから、嬉しそうに鼻歌を歌いながら川に入っているソフィを止めることができなかった。もし仕事中でなければ、ソフィの体を担ぎ上げて速攻で家に戻っていただろう。

「泥ガニなんか捕って、いったい何が欲しいんだか。俺に言えば、買ってやるのに」

 アランは手を伸ばして、ソフィの頬にかかる柔らかな銀の髪に触れた。
 指からするりと落ちていく髪。アランの髪は黒くて硬い。
 同じものを食べ、同じ海藻の灰とオリーブ油から作った石鹸を使っていても、こんなにも手触りが違うのかと思うほどだ。
 
 それが性別によるものなのか、身分差によるものなのか分からないが。

 アランは立ち上がると、井戸に水を汲みに行った。
 外はすでに日が落ち、薄着では肌寒いほどだ。
 黄色く染まった葉が、ひらひらと北風に舞い落ちてくる。

 町から外れた場所にあるアランの家は、周りを木々に囲まれ、隣家からも遠い。

 正確には赤ん坊のソフィと共にここに住むと決めた時に、木を植えた。
 春から夏の短夜は茂る葉が人目から隠してくれるし、秋から冬にかけての長夜には、落ち葉を踏む音が人の気配を教えてくれる。

 エルヴェーラを追いかけてくる敵をすぐに察知できるように。
 そう考えて、苦笑が洩れた。

(敵……か。かつての仲間だろ)

 見ず知らずの顔もろくに覚えてもいない乳母の書き置きを目にしなければ、エルヴェーラを救おうと思わなかっただろうか。
 カーテンの陰に隠されていたあの子を抱え「反逆者の娘を捕まえた」と、誇らしげにグンネルの元へ連れて行っただろうか。

 アランは井戸から水を汲み上げながら、首を振った。

 自分は軍人だったが、命懸けで誰かを救いたいとは、あの十三年前まで一度も考えたことがなかった。
 王に仕えるアランよりも、赤子に乳を飲ませる乳母の方が、よほど覚悟があったのだ。

(たぶん、見つけたのが俺で良かったんだろうな)

 それはエルヴェーラの命を救えたことだけではない。もし他の誰かが軍人としての自分の未来をなげうって、この年まで彼女を育てていたとしたら。
 突然、派手な音を立てて井戸の桶がへこんだ。
 金属の桶だから割れはしないが、不格好な見た目になってしまった。

「しまった。やっちまった」

 強靭頑丈バケツといい、どうやら今日は物がよく壊れる日らしい。

 カサッ、という乾いた音。とっさにアランは周囲に視線を走らせた。

 カサ……カサ。風に吹かれた落ち葉が、地面を滑っていく。
 ほっと息をつき、家の中へと戻る。ここは二人きりの楽園だ。
 誰にも邪魔されたくないし、させない。
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