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二章

4、独り占めしていいよね

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「妙な仕事を受けたのね、アラン」

 ソフィはアランを見上げた。
 身長差があるから、ぐいっと顔を上げてもまず目に入るのは、アランの顎だ。
 
「テオドルが勉強を放り出して、すぐに外出するから、それを追いかけろという指示だった。あれはまっすぐに家に帰るだろう。なんでじっと机に向かっていられないんだろうな、あのお坊ちゃんは」

 ふとアランが手を伸ばしてきた。大きな指がソフィが頬に当てた両手を外し、頬を撫でてくる。
 しゃがみこんでソフィの顔を覗きこんでくるから、心臓が痛いくらいに鼓動が速くなる。

 ああ、真正面から見つめられたら……くらくらするよ。

「顔、泥だらけだぞ」

 そのまま指で顔を拭われた。節くれだった指なのに、ソフィを撫でる時は、とても優しい。
 優しすぎて、切なくなるほどに。

「怪我はないか?」
「別にテオドルに襲われてないよ」
「当り前だ! もしソフィを叩いたり、蹴ったりでもしようものなら。俺はあいつを……」

 アランの声はしだいに小さくなっていった。古い傷の残る右手で顔を覆い、うつむいている。

「……駄目だな。仮にも奴は、今日は俺にとって保護の対象だったのに……許せないとか、こんな気分になるなんて」

 はぁー、とアランは大きなため息を洩らした。

 アランは不思議。自分が仕事で町を離れる時に、自分の身は自分で守れるようにと、ソフィが自分で戦えるように鍛えてくれたのに。
 受ける仕事は、必ず家から日帰りできる場所だけだし。隊商の護衛なら、長くプーマラの町から離れたとしても、大きく稼げるのに。

「アラン」
「外では伯父さんと呼びなさい」
「誰もいないもん」
「……まぁ、そうだが」

 アランは周囲を確認しながら、渋々うなずいた。さっきまでも名前で呼んでいたから、今更な気もするんだけど。

「あのね、アラン。もう仕事終わり?」
「ああ、カニを売りに行くのか? ついて来てほしいのか」
「それもあるけど……」

 言葉の途中で、ソフィはアランに抱きついた。
 仕事が終わったのなら、もう彼を独り占めできる。いつもは家でアランの帰りを待っているけれど。今日は二人の時間が長くなって、やっぱりすごく嬉しい。

 ぎゅうううー、と強く抱きしめるが、アランはびくともしない。ただやっぱり辺りに視線を走らせている。
 まるで誰もいないのを確認するかのように。
 せっかく、ぎゅっとしてるんだから自分だけを見てほしいのに。アランは分かってない。

「姪が伯父さんに抱きつくのって変かな。見られたら嫌?」
「そういうわけでは」

 ソフィがアランにくっついて甘えると、いつも彼はおろおろする。
 子どもの頃と同じようにしているだけなのに、変なの。

 なんてね。ソフィは、アランに見えないように舌を出した。
 卵売りのハンナが教えてくれたんだ。好きな男は翻弄した方がいいって。

(ハンナは、わたしの想い人がアランだなんて知らないだろうけど)

 アランはいつまでも自分にしがみつく姪をどうすればいいか分からないみたいで、武骨な手をソフィの肩に触れようとしては、ためらいがちに離す。

(ふーんだ、離れないんだから)

 ソフィはアランの胸にぺったりと顔をくっつけた。アランの胸も背中も、自分だけの居場所。誰にも渡さないし、渡すつもりもない。

(あれ?)

 ふいに、目の前がくらっとした。川岸の木々が、歪んで見える。それになんだか熱い気がする。これは恋してるせいかな。アランのことが目眩がするほど好きで、しかも体が火照っちゃったのかも。
 やだ、これだから恋する乙女は。困るのよね。

「お、おい。ソフィ。お前、熱があるんじゃないか?」

 そんなのないよ、と答えようとしたのに。無理だった。辺りの景色が闇に沈んでしまったから。
 ソフィの叫ぶアランの声が、遠くなる。

 どうしてそんな切羽詰ったような声なんだろう。ぼんやりとソフィは考えた。
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