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二章
3、仕事は選ぼうよ
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黒髪に木の葉をつけ、「やれやれ」と言いたげな風情で、アランは腕を組んでいる。服の上からでも分かる胸板の厚さ、腰には剣を佩びている。
「……なぜ、ソフィを害する必要があるんだ?」
ぼそりとアランが呟いた。普段よりも低い、地面の底から発するような声だった。
ソフィは、そんなアランの声を滅多に聞かない。
「決まっているだろ。あんたの姪はぼくを侮辱した上に攻撃した。地主のぼくをだ。制裁を加えるのが当然だろ」
「制裁って、どんな風にだ?」
「そうだな。ぼくは蹴られたから、同じように蹴り飛ばせ。いいな」
テオドルはまくし立てるが、アランは動かない。目を細くして、冷ややかにテオドルを見下ろしている。
業を煮やしたテオドルは「早くしろ」とアランを急かすが、まったく効果がない。
「あー、とりあえず言っておくが。まず地主は君の父親であって君ではないし、俺は君に雇われたわけではなく、監視を任されたんだ。それからソフィに先に手を出したのはそちらだ。彼女は防衛したように、俺には見えた」
「なっ……」
テオドルは口ごもった。おろおろと視線を泳がせるその様子は、今までよりもさらに幼く見える。
「これは子ども同士の喧嘩だ。悔しいのなら他人を使うのではなく、自分でやり返せばいいだろ」
「い、いいのかよ。あんたの娘みたいなもんだろ」
「どうぞ。だが、さっきのように倒れる程度では済まないだろうな。骨折は覚悟した方がいい」
アランの口調は冷ややかだ。その琥珀色の瞳も、感情を押し殺したように冷たい。
そんな顔もするんだ。ソフィがふだん見ることのないアランの表情だ。
「ほ、本当にやるからな。後で文句を言っても知らないからな」
「どうぞ」
「本当の本当にやるぞ」
「俺に遠慮せずに、やればいいだろ」
動じないアランに痺れを切らしたのか、テオドルは今度はソフィを睨みつけた。こっちの方が恐れるに足りない、与しやすい相手と見当をつけたのだろう。
「おい、こいつは姪であるお前を見捨てるつもりだぞ。いいのか」
「……だから、なによ」
泥ガニの爪がとれたら買い取りの値段が下がってしまう。だから暴れないように、ソフィはカニを細長い草の葉でぐるぐると縛った。
ちょっと倒錯的な姿のカニになってしまったが、まぁいい。バケツに入れておこう。
「お前は嫌われたんだ。姪っ子だから、実の親じゃないもんな。ソフィなんか、体を張って守る価値もないってことだろ。いくら伯父だからと懐いていたって、いずれ捨てられるんだ」
ベキッ。両手で握った空のバケツの取っ手が曲がった。
「おかしいわ。強靭頑丈バケツって名前で売っていたのに」
ひしゃげた金属の取っ手を持つソフィを、テオドルは目を丸くして見ている。
どうやら彼の家にも強靭頑丈バケツがあるらしい。庭師が使用しているのかもしれない。
「ねぇ、テオドル。革のベルトを着けてるわよね。貸してくれない?」
「ベ、ベルトなんて何に使うんだ」
テオドルの声はかすれている。
「大丈夫。あなたに腹を立てたからって、ベルトを鞭代わりになんてしないわ」
「そ、そうだよな」
「そうよ。鞭打つなら、ちゃんと乗馬用の鞭か一本鞭を使うわ。力加減が難しいもの」
「ひぃ」とテオドルが喉の奥で妙な音を発した。その瞳は揺らいでいる。
ちなみに革のベルトは、バケツの取っ手代わりにするだけで、別にそういう趣味があるわけじゃないけど。
テオドルは捨て台詞も残さずに去っていった。
何度もソフィが追いかけてこないか確認しながら走るから、つまずいて転んでいる。
「なによ。途中退場なんて、ずるいわ」
やれやれ、とアランが肩をすくめながらソフィの元へやって来た。
いつもよりも早い時間にアランに会えたから、つい顔がほころんでしまう。にやにやしているのがばれないように、ソフィは両手で頬を押さえた。
「……なぜ、ソフィを害する必要があるんだ?」
ぼそりとアランが呟いた。普段よりも低い、地面の底から発するような声だった。
ソフィは、そんなアランの声を滅多に聞かない。
「決まっているだろ。あんたの姪はぼくを侮辱した上に攻撃した。地主のぼくをだ。制裁を加えるのが当然だろ」
「制裁って、どんな風にだ?」
「そうだな。ぼくは蹴られたから、同じように蹴り飛ばせ。いいな」
テオドルはまくし立てるが、アランは動かない。目を細くして、冷ややかにテオドルを見下ろしている。
業を煮やしたテオドルは「早くしろ」とアランを急かすが、まったく効果がない。
「あー、とりあえず言っておくが。まず地主は君の父親であって君ではないし、俺は君に雇われたわけではなく、監視を任されたんだ。それからソフィに先に手を出したのはそちらだ。彼女は防衛したように、俺には見えた」
「なっ……」
テオドルは口ごもった。おろおろと視線を泳がせるその様子は、今までよりもさらに幼く見える。
「これは子ども同士の喧嘩だ。悔しいのなら他人を使うのではなく、自分でやり返せばいいだろ」
「い、いいのかよ。あんたの娘みたいなもんだろ」
「どうぞ。だが、さっきのように倒れる程度では済まないだろうな。骨折は覚悟した方がいい」
アランの口調は冷ややかだ。その琥珀色の瞳も、感情を押し殺したように冷たい。
そんな顔もするんだ。ソフィがふだん見ることのないアランの表情だ。
「ほ、本当にやるからな。後で文句を言っても知らないからな」
「どうぞ」
「本当の本当にやるぞ」
「俺に遠慮せずに、やればいいだろ」
動じないアランに痺れを切らしたのか、テオドルは今度はソフィを睨みつけた。こっちの方が恐れるに足りない、与しやすい相手と見当をつけたのだろう。
「おい、こいつは姪であるお前を見捨てるつもりだぞ。いいのか」
「……だから、なによ」
泥ガニの爪がとれたら買い取りの値段が下がってしまう。だから暴れないように、ソフィはカニを細長い草の葉でぐるぐると縛った。
ちょっと倒錯的な姿のカニになってしまったが、まぁいい。バケツに入れておこう。
「お前は嫌われたんだ。姪っ子だから、実の親じゃないもんな。ソフィなんか、体を張って守る価値もないってことだろ。いくら伯父だからと懐いていたって、いずれ捨てられるんだ」
ベキッ。両手で握った空のバケツの取っ手が曲がった。
「おかしいわ。強靭頑丈バケツって名前で売っていたのに」
ひしゃげた金属の取っ手を持つソフィを、テオドルは目を丸くして見ている。
どうやら彼の家にも強靭頑丈バケツがあるらしい。庭師が使用しているのかもしれない。
「ねぇ、テオドル。革のベルトを着けてるわよね。貸してくれない?」
「ベ、ベルトなんて何に使うんだ」
テオドルの声はかすれている。
「大丈夫。あなたに腹を立てたからって、ベルトを鞭代わりになんてしないわ」
「そ、そうだよな」
「そうよ。鞭打つなら、ちゃんと乗馬用の鞭か一本鞭を使うわ。力加減が難しいもの」
「ひぃ」とテオドルが喉の奥で妙な音を発した。その瞳は揺らいでいる。
ちなみに革のベルトは、バケツの取っ手代わりにするだけで、別にそういう趣味があるわけじゃないけど。
テオドルは捨て台詞も残さずに去っていった。
何度もソフィが追いかけてこないか確認しながら走るから、つまずいて転んでいる。
「なによ。途中退場なんて、ずるいわ」
やれやれ、とアランが肩をすくめながらソフィの元へやって来た。
いつもよりも早い時間にアランに会えたから、つい顔がほころんでしまう。にやにやしているのがばれないように、ソフィは両手で頬を押さえた。
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