大正の夜ごとに君を待ちわびる

絹乃

文字の大きさ
上 下
12 / 34
一章

12、意地が悪いそうです

しおりを挟む
 玄関の戸をむりやりこじ開けて乱入した男たちが、泥棒と知って。わたしは今更ながら、膝ががくがくと震えてきました。

 銀之丈さんには内緒だけれど。台所に向かったのはお塩を探しに行ったのではないの。

 どこか隠れる所はないかと慌てて廊下を走り段差を下りて、そこが台所だっただけ。
 わたしを蔵に幽閉した犯人が誰だか分からない以上、うかつに顔を出すことはできません。

 だから、タイル張りの流しの横にしゃがみこんで隠れていたんです。息をひそめ、身を小さくして。
 銀之丈さんを置き去りにした状態で。

「卑怯で臆病だわ、わたしは」

 あいつらと銀之丈さんの揉める声が聞こえたから。勇気を出して、塩の壺を摑んだの。

 ほんとうに威勢がいいなら、逃げたりしません。
 でも、どうすれば強くなれるの? 勇敢になれるの?
 朱鷺子先生。深雪に教えてください。どうか、どうか。
 
 廊下の土と撒いた塩を、わたしは箒で掃きました。銀之丈さんは、上がり框で塵取りを構えています。
 しゃっしゃっ、と箒が小気味よい音を立てます。

「不思議ですね。二人してお掃除だなんて。まるで家族のようです」
「家族? 兄妹とでも言いたいんか?」
「父と娘とか?」

 わたしの言葉に、銀之丈さんはむっと眉根を寄せました。

「失敬な。そこまでおじさんちゃうわ」

 しまった。余計なことを言ってしまいました。

「えっと、銀之丈さんは兄弟はいらっしゃるの? わたしは一人っ子なんですけど」
「弟がひとりやな。もう長いことうてへん」
「ご兄弟で似てらっしゃるのかしら」
「別に。全然似てへん」

 なんだか銀之丈さんが不機嫌なように思えます。玄関のすりガラスから射しこむ光のせいで、銀之丈さんの表情は影に沈んでいます。わたしの箒の音も途切れがちになりました。

 しゃ……。とうとうわたしは廊下を掃く手を止めてしまいました。
 音が消えたことに気づいたのか、埃交じりの風が起こらぬことが分かったのか。銀之丈さんは塵取りを床に置いて、わたしをまじまじと見つめました。

「あー、すまん。怒ってるわけやないねんで。その、弟と仲がええわけやないから、つい」

 ぽつりと洩らしつつ、銀之丈さんは頭を掻きました。

「ちゃうんや。その、君がとつぜん現れて。心構えができてへんというか。誰かと一緒に暮らす経験が少ないもんやから」
「心構えですか?」

 わたしは銀之丈を見つめました。廊下と三和土は一尺ほど高さの差があります。これまでは見上げていた銀之丈さんと、ほぼ同じ目の位置になるからでしょうか。
 銀之丈さんの少し薄い色の瞳が、泳いでいます。

「どう言うたらええんや」

 玄関の天井を見上げて、銀之丈さんは息をつきます。天井に答えでも書いてあるのかしら。

「俺は意地の悪いところがあるらしい。朱鷺子さんや弟に指摘されたことがある」
「それは相当ですね」
「君もなかなか言うなぁ。おとなしい設定はどこいったんや」

 貸してみ、と銀之丈さんはわたしから箒を受けとりました。
 廊下の端に集めた塩と土を、丁寧に塵取りに収めています。

「まぁ、しゃあないか。君は、俺みたいな皮肉屋のおっさんとしゃべる機会なんか与えられへんかったやろから。人は環境で変わる、それと一緒やな」

 銀之丈さんは、ときどき妙なことを言うんです。

 朱鷺子先生のお家は広いのですが、実際に使用しているのは書斎と縁側に面した和室だけのようです。
 夏用の麻のお座布団を銀之丈さんに勧められて、わたしはちょこんと正座をしました。

 ああ、お尻の下が硬くないって素敵です。脛が痛くないってすばらしいです。
 麻のざらりとした手触りを、指でなぞって楽しみます。

「お茶でも淹れましょうか?」

 わたしは銀之丈さんに問いかけました。
 台所はさっき見て覚えましたので、一人でもお湯を沸かしてお茶くらいは淹れられそうです。

 立ち上がろうとしたわたしの腕を、大きな手ががっしりと摑みました。
 とても強い力で、長い指が食い込みそうなほど。

「頼むから、動くな」
「『ウゴクナ』という名のお紅茶でもあるのですか?」
「ないから。じっと座っていてくれ」

 銀之丈さんの目は真剣でした。
 さきほどの侵入者を、まだ警戒しているのでしょうか。

 仕方ありません。わたしは座りなおして、お部屋を見まわします。

 本と雑誌、それに色褪せた新聞がぎっしりと詰まった本棚。
 少女雑誌と、箱に入った本。本棚に収まりきらなかったのね。小説ばかりではなく詩集や戯曲も揃っています。それから分厚い辞書も。

 使いこんだ辞書は背表紙の部分がへこんでいました。
 そうね。朱鷺子先生はよく辞書を引いていらしたわ。

 文机には原稿用紙と万年筆が置きっぱなしです。
 ふらっとお散歩に出かけたかのような状態なのですから。朱鷺子先生は、近々戻っていらっしゃいますね。

 銀之丈さんは、書きかけの原稿用紙をじっと見つめています。とても切なそうに。花に陰がさすように、水に降るはかない雪を見つめるように。
 何かとても大事な物を失った方なのだと、ふと感じました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

たこ焼き屋さかなしのあやかし日和

山いい奈
キャラ文芸
坂梨渚沙(さかなしなぎさ)は父方の祖母の跡を継ぎ、大阪市南部のあびこで「たこ焼き屋 さかなし」を営んでいる。 そんな渚沙には同居人がいた。カピバラのあやかし、竹子である。 堺市のハーベストの丘で天寿を迎え、だが死にたくないと強く願った竹子は、あやかしであるカピ又となり、大仙陵古墳を住処にしていた。 そこで渚沙と出会ったのである。 「さかなし」に竹子を迎えたことにより、「さかなし」は閉店後、妖怪の溜まり場、駆け込み寺のような場所になった。 お昼は人間のご常連との触れ合い、夜はあやかしとの交流に、渚沙は奮闘するのだった。

処理中です...