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二章

7、日焼けしたみたい

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 夜、わたしは肌が少し火照って困っていた。熱が出ているわけでもないのに、肩の辺りがやけに熱くて。鏡の前で下ろした髪を上の方でまとめたり、三つ編みにしてみたりした。

「マルティナさま、肩が痛いんですか?」

 目敏いアレクはすぐにわたしの異変に気がついたみたい。ガラスの水差しから、水をハンカチに含ませてわたしの元へやって来た。

「日焼けをなさったんですね。しばらくは赤みが残りますよ」
「日焼けって痛いのね。アレクは平気なの?」
「まぁ、私は慣れていますから。メイドか侍女が持たせたのでしょうが、肩を出した服をお召しになるときは日傘を差した方がいいかもしれませんね」

 夜風にのって、りりり、と澄んだ音が聞こえる。離宮の回廊に銅でできたウィンドチャイムが提げられているのだそう。ごく細い円管どうしが風で触れあって、とても涼しい音色を奏でる。
 お風呂上がりのしめりけの残る髪を、潮の香りの風が撫でていった。

「ひどい日焼けではありませんから。冷やしておけば大丈夫ですよ」

 ひんやりとしたハンカチが、肩に載せられた。ちょっと身を竦ませたせいで、アレクが「大丈夫ですか?」と問うてくる。
 わたしはうなずきながら、両腕を広げた。

「あの、姫さま?」
「姫さまじゃないの」
「では、えーと。マルティナさまは何をお求めでしょうか」
「……察して。アレクは聡いんでしょ?」

 うーんと首を傾げながら、アレクが眉根を寄せた。
 おかしいわ。普段なら、すぐに抱っこ……というか抱きしめてくれるのに。
 今日はあごに指を当てて、困ったように逡巡している。

「いいですが……やっぱり途中でやめる、はナシですよ」
 
 え? それって。
 アレクの言葉の意味を考えて、わたしは肩だけじゃなくって体の内側から、かぁーっと熱くなった。
 そうだわ、ただの旅行じゃなかった。新婚旅行だったわ。

 これまでたくさんのロマンス小説を読んで、新婚旅行でのできごとも知っていたはずなのに。わたしったら。

「えっとね、その」
「私は無理強いはしたくありません。姫さまに覚悟はおありですか」
「覚悟って……そんなに大変なことなの? ロマンス小説みたいじゃないの?」
「まぁ、痛いかもしれませんね。姫さまは知識はおありですか?」

 アレクは神妙な表情をしている。
 
「教えてもらったことはあるわ。その……侍女とか家庭教師とか。そういう知識がない令嬢は、結婚するとその晩に拷問みたいってさめざめと泣くんですって。もしかして拷問だから、アレクは何もしなかったの?」
「……拷問。どういうやり方ですか、それは。かなり倒錯的なのでしょうか」
「いえ、わたしに訊かれても困るんだけれども」

 わたしは左右の指を組んで、もじもじと動かした。
 おかしいの。小説では、とても甘く書かれていたのに。現実の話を聞くと拷問みたいっていうし。どっちが本当なの? やっぱり小説は創作だから、嘘なの?

「試してみますか? どちらが本当か」
「え?」

「失礼します」と言いながら、アレクはわたしの背中を膝裏に手を添えた。
 アレクもお風呂上がりだから、普段だから熱っぽくて湿っぽい。
 普段なら「お姫さまだっこだわ」とはしゃぐのに。今日は胸がドキドキして、日焼けしていないのに耳が千切れそうに熱くって声も出ない。

 わたしは両手で顔を隠して、瞼をぎゅっときつく閉じた。

「灯りは消した方がいいですね。美しいあなたの姿を見ていたいのですが。さすがに恥ずかしいでしょう?」
 
 わたしは答えられずにいる。
「どちらになさいますか?」と低く尋ねられて、今にも消え入りそうな声で「消して……ください」とお願いした。

 その声は、りり、というウィンドチャイムよりも幽かだった。
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