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【後日譚】
6、花冠を君に
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パドマが家にやって来た時には、籠一杯の草……のようなものを抱えていた。
「台所をお借りしますね。ファンヌ、ヨーン、手伝って頂戴ね。アルベティーナさまの貧血に効くものを作るから」
「うん」
双子はうなずいて、ベッドから離れた。子ども達を寝室に入れないように指示したパドマだが、どうせ無理であろうことは先刻承知だった。
まだ結婚していないから子どももいないのに、パドマは双子の扱いがとてもうまい。
自然にアルベティーナの側から、二人を離してしまった。
「あ、イザークさまはこれを」
ぱさりと手渡されたのは、花だ。
島特産の薔薇ではなく、白い野の花。見覚えがある、いや、忘れられない花。
「白詰草……」
「編み方は覚えていらっしゃいますよね」
あまりにも懐かしいその花を手にして、イザークは呆然としてしまった。
「忘れちゃったんですか? 編み方」
「いや、覚えている」
「じゃあ、お願いしますよ」と言って、ひらひらと手を振りながらパドマは扉を閉めた。
青々しい匂いのする花は、イザークの心を神殿の中庭へと連れて行った。
まだ幼かったアルベティーナが泣かぬよう、花冠を編んでやったのだ。そして、必ず花嫁にすると約束した。
アルベティーナは隠しているようだったから、イザークは何も言わなかったけれど。
彼女は、その花冠をずっと大事に保管していた。
断じて部屋を覗いたわけではないが、彼女の部屋の前を通りがかった時に、柱廊から見えたのだ。
乾燥させた花冠を眺めては、嬉しそうに微笑むアルベティーナの姿を。
それは七歳の頃も、十歳の頃も、十三歳の頃も続いていた。
とても大事な思い出だったのだろう。
素直に俺のことが好きだと言えばいいのに、と当時は思っていたが。
まぁ、多感な年頃だし、待つのには慣れているから。そっとしておいた。
「この島にも編めるほどの白詰草が咲いているんだな」
花冠が貧血に効くはずもないが。アルベティーナが目を覚ました時に、きっと喜ぶからと、パドマが摘んできてくれたのだ。
◇◇◇
夢の中で、アルベティーナは風が草をそよがせる神殿の中庭にいた。
もう子どもではないのに、夢の中のアルベティーナは七歳の姿だった。
どんなに泥団子を丸くしようとしても、ひしゃげてしまって上手くいかない。
これは平パンなのと言えば、ごまかせるかしら。と思案しつつ、何個も何個も手を汚しながら作っていく。ままごとで必要だから、イザークがきっと喜んでくれるから。
でも、いくつも並べた不格好な泥団子を、誰かに踏みつけられた。
顔は見えなかったけれど。多分男の人。とても怖くて、逃げようとしたら水をかけられて。
びしょびしょになりながら、幼いアルベティーナは唇を噛みしめた。
泣いたらだめ、パドマが心配するもの。
なのに怖くて情けなくて、涙が後から後から溢れ出る。
その時、ふわりと花の香りの風が吹いた。
大きな手が頭上に差し伸べられたと思うと、何かが頭に載った。
――よく似合っているぞ。
微笑むその人の姿は、逆光になって見えない。
けれど、それがとても大好きなイザークであることはすぐに分かった。
アルベティーナはイザークに飛びついて、その逞しい胸に頬ずりした。
――イザーク好き、大好き。世界で一番好き。
何度もそう言うと、イザークは嬉しそうに微笑んだ。
子どもの頃は、自分の気持ちを素直に伝えられなかったのに。不思議……どうして口にできるのかしら。
アルベティーナは、ようやくこれが夢であることに気づいた。
「台所をお借りしますね。ファンヌ、ヨーン、手伝って頂戴ね。アルベティーナさまの貧血に効くものを作るから」
「うん」
双子はうなずいて、ベッドから離れた。子ども達を寝室に入れないように指示したパドマだが、どうせ無理であろうことは先刻承知だった。
まだ結婚していないから子どももいないのに、パドマは双子の扱いがとてもうまい。
自然にアルベティーナの側から、二人を離してしまった。
「あ、イザークさまはこれを」
ぱさりと手渡されたのは、花だ。
島特産の薔薇ではなく、白い野の花。見覚えがある、いや、忘れられない花。
「白詰草……」
「編み方は覚えていらっしゃいますよね」
あまりにも懐かしいその花を手にして、イザークは呆然としてしまった。
「忘れちゃったんですか? 編み方」
「いや、覚えている」
「じゃあ、お願いしますよ」と言って、ひらひらと手を振りながらパドマは扉を閉めた。
青々しい匂いのする花は、イザークの心を神殿の中庭へと連れて行った。
まだ幼かったアルベティーナが泣かぬよう、花冠を編んでやったのだ。そして、必ず花嫁にすると約束した。
アルベティーナは隠しているようだったから、イザークは何も言わなかったけれど。
彼女は、その花冠をずっと大事に保管していた。
断じて部屋を覗いたわけではないが、彼女の部屋の前を通りがかった時に、柱廊から見えたのだ。
乾燥させた花冠を眺めては、嬉しそうに微笑むアルベティーナの姿を。
それは七歳の頃も、十歳の頃も、十三歳の頃も続いていた。
とても大事な思い出だったのだろう。
素直に俺のことが好きだと言えばいいのに、と当時は思っていたが。
まぁ、多感な年頃だし、待つのには慣れているから。そっとしておいた。
「この島にも編めるほどの白詰草が咲いているんだな」
花冠が貧血に効くはずもないが。アルベティーナが目を覚ました時に、きっと喜ぶからと、パドマが摘んできてくれたのだ。
◇◇◇
夢の中で、アルベティーナは風が草をそよがせる神殿の中庭にいた。
もう子どもではないのに、夢の中のアルベティーナは七歳の姿だった。
どんなに泥団子を丸くしようとしても、ひしゃげてしまって上手くいかない。
これは平パンなのと言えば、ごまかせるかしら。と思案しつつ、何個も何個も手を汚しながら作っていく。ままごとで必要だから、イザークがきっと喜んでくれるから。
でも、いくつも並べた不格好な泥団子を、誰かに踏みつけられた。
顔は見えなかったけれど。多分男の人。とても怖くて、逃げようとしたら水をかけられて。
びしょびしょになりながら、幼いアルベティーナは唇を噛みしめた。
泣いたらだめ、パドマが心配するもの。
なのに怖くて情けなくて、涙が後から後から溢れ出る。
その時、ふわりと花の香りの風が吹いた。
大きな手が頭上に差し伸べられたと思うと、何かが頭に載った。
――よく似合っているぞ。
微笑むその人の姿は、逆光になって見えない。
けれど、それがとても大好きなイザークであることはすぐに分かった。
アルベティーナはイザークに飛びついて、その逞しい胸に頬ずりした。
――イザーク好き、大好き。世界で一番好き。
何度もそう言うと、イザークは嬉しそうに微笑んだ。
子どもの頃は、自分の気持ちを素直に伝えられなかったのに。不思議……どうして口にできるのかしら。
アルベティーナは、ようやくこれが夢であることに気づいた。
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