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【後日譚】
2、双子は手がかかる
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夕食の豆のスープを食べながら、ヨーンはファンヌに椅子を近づけた。
「ぼく、今日いいものもらったんだー」
「なに? おかし?」
問いかける妹に、ヨーンは「ふんっ。そんなつまらないもんじゃないぞ」とあごを上げた。
そして、ズボンのポケットから丸いレンズを取りだしたのだ。中央が膨らんだレンズをヨーンが目に当てると、その瞳がとても大きく見えた。
「なにそれ、すごい」
「大陸に行ってたおじさんが、くれたんだぞ」
「いいなぁ。それで見たら、蟻もすっごく大きくなるね」
「はーぁ? そんなのに使うんじゃないよ。これはなー、筒につけて遠くを見るんだ」
双子のヨーンとファンヌはいつも喋ってばかりで、なかなか食事が進まない。
スープが冷めるのを心配しながら、アルベティーナは香草の入った腸詰を焼いていた。
その兄妹の姿が消えたのは、翌朝のことだった。
寝室の二人のベッドがどちらも空なのだ。しかも触れてみると温もりがない。アルベティーナは叫び出したいのを、かろうじて堪えた。
「イザーク、大変。ヨーンとファンヌの姿が見えないの」
「んー? ベッドから床に落ちて、そのまま転がっていったんじゃないのか?」
「家の外まで転がったりしないわ」
まだ眠り足りない様子のイザークの背中を、アルベティーナは揺する。イザークはといえば、島の中にいる限りそう危ないこともないだろうと考えているのだが。どうにもアルベティーナには、それが通用しない。
自分の背にかけた妻の手首を握り、そのまま腕の中に閉じ込める。
「心配性だな」
「だってあの子たち、あなたに似て無謀だもの」
「……ちょっと誤解があるようだな」
「やれやれ」と、柔らかな金色の髪を撫でながら、彼女の頭にくちづける。
仕方ない、起きて捜しに行ってやるか。
◇◇◇
その頃、ヨーンとファンヌは森にいた。蟻を巨大にするためだ。
「言っとくけど。大きく見えるだけで、別に蟻そのものがでかくなるわけじゃないからな」
「えー、そんなのやってみなきゃ分からないわ」
ヨーンが持つレンズが、地面に煌めく光を投げる。
枯れ葉の積もった地面は茶色で華やかさがないが、レンズを通した光に照らされると、葉脈までもはっきりと浮かび上がって美しく見えた。
「ヨーン。蟻さん、いないね」
「ちょっと待ってろ。あめをおいたら、集まってくると思うぞ」
ヨーンはごそごそとポケットに手を突っ込んだ。そのせいでレンズが集めた光の焦点が、朽ちて剥がれ落ちた木の皮に当たってしまった。
最初は少し甘いような匂いがした。だから二人とも気にならなかったのだ。
黒い樹皮からは細い煙が立ち始める。
「あれ? だんろがあるのかな」
「外にそんなのあるわけないだろ。けど、けむりのにおいがするな」
ちょうど乾燥していた季節だったのが災いした。ほんの小さな火は、すぐに周囲の枯葉に燃え移り炎となった。
「やだ、火事よ。ヨーン、消して」
「水がないんだって。なんで燃えてるんだよ。火なんかつけてないのに」
ヨーンは妹を背中で守り、靴の裏で火を消そうとした。けれど、ただ火の粉が散るだけで、どうにもならない。
炎は海風にあおられて、さらに勢いを増す。
「やだぁ。お母さまぁ、お父さまぁ」
「泣くなって、ファンヌ。ぼくがいるだろ。ぜったいに守ってやるから」
妹を元気づけようとするヨーンの膝もまた、小刻みに震えていた。
ちゃんとお父さまとお母さまに「行ってきます」を言えばよかった。なんで、ないしょで出て来ちゃったんだろ。
煙で咳き込むファンヌの鼻と口許を、ヨーンはその腕で塞いでやった。
「ぼく、今日いいものもらったんだー」
「なに? おかし?」
問いかける妹に、ヨーンは「ふんっ。そんなつまらないもんじゃないぞ」とあごを上げた。
そして、ズボンのポケットから丸いレンズを取りだしたのだ。中央が膨らんだレンズをヨーンが目に当てると、その瞳がとても大きく見えた。
「なにそれ、すごい」
「大陸に行ってたおじさんが、くれたんだぞ」
「いいなぁ。それで見たら、蟻もすっごく大きくなるね」
「はーぁ? そんなのに使うんじゃないよ。これはなー、筒につけて遠くを見るんだ」
双子のヨーンとファンヌはいつも喋ってばかりで、なかなか食事が進まない。
スープが冷めるのを心配しながら、アルベティーナは香草の入った腸詰を焼いていた。
その兄妹の姿が消えたのは、翌朝のことだった。
寝室の二人のベッドがどちらも空なのだ。しかも触れてみると温もりがない。アルベティーナは叫び出したいのを、かろうじて堪えた。
「イザーク、大変。ヨーンとファンヌの姿が見えないの」
「んー? ベッドから床に落ちて、そのまま転がっていったんじゃないのか?」
「家の外まで転がったりしないわ」
まだ眠り足りない様子のイザークの背中を、アルベティーナは揺する。イザークはといえば、島の中にいる限りそう危ないこともないだろうと考えているのだが。どうにもアルベティーナには、それが通用しない。
自分の背にかけた妻の手首を握り、そのまま腕の中に閉じ込める。
「心配性だな」
「だってあの子たち、あなたに似て無謀だもの」
「……ちょっと誤解があるようだな」
「やれやれ」と、柔らかな金色の髪を撫でながら、彼女の頭にくちづける。
仕方ない、起きて捜しに行ってやるか。
◇◇◇
その頃、ヨーンとファンヌは森にいた。蟻を巨大にするためだ。
「言っとくけど。大きく見えるだけで、別に蟻そのものがでかくなるわけじゃないからな」
「えー、そんなのやってみなきゃ分からないわ」
ヨーンが持つレンズが、地面に煌めく光を投げる。
枯れ葉の積もった地面は茶色で華やかさがないが、レンズを通した光に照らされると、葉脈までもはっきりと浮かび上がって美しく見えた。
「ヨーン。蟻さん、いないね」
「ちょっと待ってろ。あめをおいたら、集まってくると思うぞ」
ヨーンはごそごそとポケットに手を突っ込んだ。そのせいでレンズが集めた光の焦点が、朽ちて剥がれ落ちた木の皮に当たってしまった。
最初は少し甘いような匂いがした。だから二人とも気にならなかったのだ。
黒い樹皮からは細い煙が立ち始める。
「あれ? だんろがあるのかな」
「外にそんなのあるわけないだろ。けど、けむりのにおいがするな」
ちょうど乾燥していた季節だったのが災いした。ほんの小さな火は、すぐに周囲の枯葉に燃え移り炎となった。
「やだ、火事よ。ヨーン、消して」
「水がないんだって。なんで燃えてるんだよ。火なんかつけてないのに」
ヨーンは妹を背中で守り、靴の裏で火を消そうとした。けれど、ただ火の粉が散るだけで、どうにもならない。
炎は海風にあおられて、さらに勢いを増す。
「やだぁ。お母さまぁ、お父さまぁ」
「泣くなって、ファンヌ。ぼくがいるだろ。ぜったいに守ってやるから」
妹を元気づけようとするヨーンの膝もまた、小刻みに震えていた。
ちゃんとお父さまとお母さまに「行ってきます」を言えばよかった。なんで、ないしょで出て来ちゃったんだろ。
煙で咳き込むファンヌの鼻と口許を、ヨーンはその腕で塞いでやった。
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