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【裏視点】
17、王の憂い【2】*
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「大変です、陛下。民が、王宮に押しかけております」
侍従長が血相を変えて、部屋に飛び込んでくる。扉をノックすることも忘れるほどに、初老の侍従長は狼狽えていた。
「こ、近衛兵は鎮圧に向かいました。宰相は、じきいらっしゃるそうです」
「大臣らをすぐに召集せよ」
王はそう命じたが、どれほど時間が過ぎようと、どの大臣も王宮に姿を見せない。戻ってきた遣いの者の報告では、それぞれの屋敷から逃れようとしたところを暴徒に襲われていたとのことだった。
何ということだ。
王の足は震えていた。よろけて椅子に腰を下ろしたが、それでも手の震えも治まる様子がない。
その様子を、裏門からひっそりと王宮内に入った宰相は、落胆の息をつきながら眺めた。
「畏れながら陛下。今すぐに民の前で謝罪をなさるべきです」
「い、言われずとも分かっている。私もそれを考えていた。だが、あの者たちは、武器を手にしているのだぞ。それに冬の乙女を追い込んだのはブルーノだ」
「尤もでございます」と宰相は頭を下げた。
「ですが、その原因をお作りになったのは、紛れもなく陛下でいらっしゃいます。その非を詫び、今の絶対君主制から、民意を取り入れる制度へと改革するべきです」
何を言っているのだ、この男は。王は呆然とした。
王制そのものを廃止しろというのか。
王家に生まれ、統治者になるべくして育ち、それは代が変わっても続いていく。それが当たり前で、疑うこともなかった。
だが宰相の目は真剣で、それ以外に道がないと示していた。
「周辺国はそもそも水に恵まれておりません。乙女が去ってしまったのは、誠に遺憾でありますし、こんな腐った……失礼、国を神と聖女が見捨てるのも当然のこと」
宰相が言うには、代替わりした若き神官達は神殿に籠り、乙女が戻ってくるように祈りを捧げるらしい。
「滑稽なことです」と、宰相は嘲笑した。
もう祈るべき神すらいらっしゃらないのに、あの者達は乙女ではなく、王太子に加担したというのに。炎熱の王が最も大事になさっていた乙女を蔑ろにしておいて、一体誰に祈るのか……と。
あまりにも静かすぎる王宮内、そして詰めかけた暴徒の威圧感に気圧されそうな街。
怒りは渦を巻き、ただ静かに王宮へと押し寄せてくる。
「わ、私に平民になれと……?」
「陛下、お言葉ですが。王とはまず、国家の僕であるべきではないのですか?」
何という不敬。王は口をぱくぱくと開くだけで、言葉すら出なかった。だが、宰相は無礼な話をやめようともしない。
王は思い出した。まだ少年だった遠い昔のこと、教育係が口うるさく話していたことを。
――王が存在しない国はありますが。民が存在しない国はありません。国は領土と民、そして自国のことを国内で決定する権利から成り立ちます。
民を決して軽んじてはなりません。いいですね、民のいない空っぽの国に君臨する王など、いないのですよ。
ああ、確かに習った。
だが、民に仕える王など聞いたこともない。あれはただの比喩だ。
いや、今はそんなことを論じている場合ではない。もう今日にもこの国は終焉を迎えるのだから。
王は拳を握りしめて、宰相を見据えた。
「ま、まだやり直せるだろうか」
「やり直せるだろうか、ではなく。陛下と殿下がこの国を再建させねばなりません。無論、あなた方は無傷では済むはずがりません。この私もです。それでも尚、犯した罪を背負い、神に見捨てられた国を守らなければならないのです」
砂まじりの風が吹き、民衆の声が途切れ途切れに聞こえてくる。どれも怒気を帯びていて、王は息を呑んだ。
その時、廊下を歩く硬い音が聞こえた。
侍従長が血相を変えて、部屋に飛び込んでくる。扉をノックすることも忘れるほどに、初老の侍従長は狼狽えていた。
「こ、近衛兵は鎮圧に向かいました。宰相は、じきいらっしゃるそうです」
「大臣らをすぐに召集せよ」
王はそう命じたが、どれほど時間が過ぎようと、どの大臣も王宮に姿を見せない。戻ってきた遣いの者の報告では、それぞれの屋敷から逃れようとしたところを暴徒に襲われていたとのことだった。
何ということだ。
王の足は震えていた。よろけて椅子に腰を下ろしたが、それでも手の震えも治まる様子がない。
その様子を、裏門からひっそりと王宮内に入った宰相は、落胆の息をつきながら眺めた。
「畏れながら陛下。今すぐに民の前で謝罪をなさるべきです」
「い、言われずとも分かっている。私もそれを考えていた。だが、あの者たちは、武器を手にしているのだぞ。それに冬の乙女を追い込んだのはブルーノだ」
「尤もでございます」と宰相は頭を下げた。
「ですが、その原因をお作りになったのは、紛れもなく陛下でいらっしゃいます。その非を詫び、今の絶対君主制から、民意を取り入れる制度へと改革するべきです」
何を言っているのだ、この男は。王は呆然とした。
王制そのものを廃止しろというのか。
王家に生まれ、統治者になるべくして育ち、それは代が変わっても続いていく。それが当たり前で、疑うこともなかった。
だが宰相の目は真剣で、それ以外に道がないと示していた。
「周辺国はそもそも水に恵まれておりません。乙女が去ってしまったのは、誠に遺憾でありますし、こんな腐った……失礼、国を神と聖女が見捨てるのも当然のこと」
宰相が言うには、代替わりした若き神官達は神殿に籠り、乙女が戻ってくるように祈りを捧げるらしい。
「滑稽なことです」と、宰相は嘲笑した。
もう祈るべき神すらいらっしゃらないのに、あの者達は乙女ではなく、王太子に加担したというのに。炎熱の王が最も大事になさっていた乙女を蔑ろにしておいて、一体誰に祈るのか……と。
あまりにも静かすぎる王宮内、そして詰めかけた暴徒の威圧感に気圧されそうな街。
怒りは渦を巻き、ただ静かに王宮へと押し寄せてくる。
「わ、私に平民になれと……?」
「陛下、お言葉ですが。王とはまず、国家の僕であるべきではないのですか?」
何という不敬。王は口をぱくぱくと開くだけで、言葉すら出なかった。だが、宰相は無礼な話をやめようともしない。
王は思い出した。まだ少年だった遠い昔のこと、教育係が口うるさく話していたことを。
――王が存在しない国はありますが。民が存在しない国はありません。国は領土と民、そして自国のことを国内で決定する権利から成り立ちます。
民を決して軽んじてはなりません。いいですね、民のいない空っぽの国に君臨する王など、いないのですよ。
ああ、確かに習った。
だが、民に仕える王など聞いたこともない。あれはただの比喩だ。
いや、今はそんなことを論じている場合ではない。もう今日にもこの国は終焉を迎えるのだから。
王は拳を握りしめて、宰相を見据えた。
「ま、まだやり直せるだろうか」
「やり直せるだろうか、ではなく。陛下と殿下がこの国を再建させねばなりません。無論、あなた方は無傷では済むはずがりません。この私もです。それでも尚、犯した罪を背負い、神に見捨てられた国を守らなければならないのです」
砂まじりの風が吹き、民衆の声が途切れ途切れに聞こえてくる。どれも怒気を帯びていて、王は息を呑んだ。
その時、廊下を歩く硬い音が聞こえた。
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