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【裏視点】

6、欺瞞

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 イルデラ王国の王宮では、その夜パーティが開かれていた。窓から洩れる明かりが、庭の木々を優しく照らしている。

 私、ブルーノは木々の枝の間から見える山をちらっと仰いだ。辺りは宵闇に包まれているのに、氷河を抱く険しい山は私を見下ろしているかのようにはっきりと見える。

「どうなさったの? 殿下」
「いや、何でもない」
「もうっ。私だけをご覧になって」

 招待客のサフィアが、甘い声で囁きながら私の肩に手をかける。レースの手袋に包まれたしなやかな手、艶っぽい唇。月明りの元でも、彼女の美貌がよく分かる。
 今宵のパーティでも、どの令嬢よりも一際目立っていた。

 だが正直、私は苛立っていた。
 冬の乙女を妃に迎えろと、父……陛下に命じられたことに。
 乙女が年頃になれば、お前の許嫁にすると正式に神殿に伝えるので、遊びは控えるようにとも言われた。

 サフィアの家の爵位が高くないことが理由なのかと尋ねれば、そうではないと仰る。そもそも冬の乙女……名前など知らないし、覚える気もない。
 あんな山に閉じこもった文化的でもなく、機知にとんだ話ができるわけでもない、きっと野暮ったいであろう女を妻にするなど、まっぴらだ。

「お聞きになりましてよ。殿下が婚約なさること」
「言わないでくれ、サフィア。私の恋人は君だけだ」
「あら、嬉しいこと」

 ふふ、と妖艶にサフィアは微笑んだ。

「私ね、冬の乙女ってだーいっきらい」
「会ったことがあるのか? 神殿に詣でなければ、顔を見ることもなかろうに」
「そうねぇ。顔も見たくないくらいには嫌いかしら」

 サフィアは笑みを浮かべてはいるが、その瞳は笑ってはいない。
 彼女と乙女が接することは一度としてなかったはずだが。いったい何があったのだろうか。
 尋ねてみても「さぁねぇ」とか「そうねぇ」とはぐらかされるばかりだ。
 ただ「冬の乙女は、恵まれていて本当に羨ましいわ」というサフィアの言葉が、耳に残った。

 口許だけの彼女の笑みを、宰相は「鎌のように鋭くて、信用がならない」と無礼なことを言うが。
 私にとっては弓月のように、整った笑みだ。

「殿下はいずれ冬の乙女をお妃さまに迎えて、この国を統治なさるのね」
「おお、そんなつれないことを言わないでくれ」
「でも、私では分不相応ですもの。寂しいけれど身を引きます。王国の更なる繁栄を、ひっそりとお祈りしておりますわ」

 なんという優しい心根の女性だろう。私はサフィアを抱きしめた。
 綺麗に巻いた髪、豊かな胸が私の体に当たり、何とも官能的だ。

 なぜ、神に愛された娘に私のサフィアが傷つけられねばならないんだ。
 こんなにも美しく優しい女性に、裏心がある筈がない。

 確か聞いたところによると、今、冬の乙女は十三歳のはず。神殿に上がって六年というが、まだ子どもではないか。
 サフィアのような大人の魅力があるわけでもない、青くさい娘と婚約するなど、絶対に認めるものか。

 大丈夫だ、サフィア。今はまだ父上の言うことを聞くふりをしておくが。
 いずれ、私はあの娘を追い詰めて、婚約を断るように仕向けてやるからな。
 お前の麗しい笑顔を曇らせる者は、誰であろうと許しはしない。
 そう、たとえ神に守護された聖女であってもだ。

 庭の篝火に惹かれたのか、蛾が火の粉の舞う中へと飛び込んでいった。
 ちりちり……と音が聞こえたが。サフィアが唇を寄せたから、私はそれに応えたのだ。
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