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【裏視点】

10、少し大人になりました【2】

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「アルベティーナ?」
「なんでもないの。ごめんなさい」

 わたしは祭祀服の裾を翻して走りました。
 知らない、こんな気持ち。
 どの乙女も伝えてはくれなかった。イザークのことを好きだという気持ちが、こんな心乱れるものだったなんて。

 好きって、ただ温かくて嬉しいものなんじゃないの?

 自室に駆け込んだわたしは、扉を閉めました。
 柱廊で走ることなんてまずないから。息が上がって、肩が上下しています。神殿が標高の高い場所にあることを、忘れていました。
 
 わたしは扉に背を預けた状態で、壁を見上げました。
 そこには花冠と腕輪が飾ってあります。

 イザークとパドマが編んでくれた白詰草。
 その花は、白さを保ったままで茶色く枯れたりしていませんし、葉も緑濃い色のままです。
 実は凍らせて水分を抜いたんです。
 
「なんだ、花のミイラか」なんて、イザークは風情のないことを言うんです。まったく、失礼ですね。

 そう考えると、少し笑いがこぼれました。

 わたしももう、ままごとをする年齢ではないし。いつか船に乗って外に出ようなんて言葉を言えるほど、子どもでもありません。
 なのに。

 わたしは服の上から、背中に印された薔薇の痣に手を触れました。
 湧き上がってくるこの気持ちは、わたしの物なの? それとも乙女たちの感情まで受け継いでしまったの?

「おい、アルベティーナ。本当に大丈夫か?」
「え? きゃあ」

 突然、扉が開かれてわたしの体は押されました。

「……どうした。顔が赤いぞ。やっぱり熱でもあるんじゃないか」
「な、ないから」
「だが、明らかにおかしいだろ」

 イザークの掌が、わたしのひたいに当てられます。子どもの頃もよくそうされていたけれど。あの頃は、彼が掌を当てると、わたしの顔の大半が隠れてしまって。

「もともとお前は体温が低いからな。微熱でも苦しいだろ」

 この苦しさは、熱のせいじゃありません。
 幼い頃のように、何も考えずに素直に彼に甘えられたらいいのに。

 どうしてこんなにも近くにいるのに、寄り添ってくれるのに。あなたはそんなにも遠いの?
 好きなのに、好きでいてくれるのに。二人の間には見えない壁でもあるみたい。

 自分でも知らぬ内に、わたしは泣いていたみたいです。
 目の前のイザークの顔がぼやけて、滲んで。
 はっきりと見えないと思うと……多分これは誰かの乙女の記憶なのだろうけれど、最期の時にイザークの顔が朧に霞んで見えなくなったことが思い出されて。

 わたしを見送るイザークも、とてもとても悲しそうに顔を歪ませていたのが分かるから。
 なのに、無理して「待っている」なんて泣きそうな顔で、イザークが微笑む姿が甦ったから。

「大丈夫」って言いたいのに、その時のわたしはもう声も出せなくて。
 唇をほんの少し動かすことしかできなくて。
 あなたを置いていくのが、本当につらくて、悲しくて……。

 ごめんなさい、一人にさせて。ごめんなさい。

「うっ……うわぁぁぁ……っ」

 わたしは子どもみたいに声を上げて泣いてしまいました。
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