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23、民の懺悔

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 手紙によると、イルデラ王国の運河は涸れ、王宮や街はすでに廃墟と化しているらしい。
 そこで砂漠に天幕を張り、水を求めて流浪しているとのことだ。

 砂地でも場所によっては深く掘れば、わずかではあるが水が得られることもある。ただしそれは泥水で、そのまま飲めば命を落とす危険もある。
 そうと分かっていても、濾過する技術を持たぬ者、或いは渇きを我慢できない者は、命と引き換えに泥水をすする。

 そのさまは、まるで幽鬼のようであったと。

「イルデラ王国が在った場所は、今では不可視の砂漠と呼ばれているそうです」
「不可視の砂漠、ですか」
「ええ。見えていても、見てはならぬのです」

 アルベティーナの問いに、豪農達が答える。

「イルデラの民は、己の所業を悔い改めているようですが。それでも、もうどこの国も彼らを信じません。情けなどかければ、今度は自分達が裏切られると警戒しているのです」

 神をも畏れぬ民に関わってはならぬと、周辺国は何処も助けの手を伸べなかった。

 最初に砂漠を越えた避難民は受け入れられたが。暴虐の限りを尽くした民は、もう手遅れだった。
 ただ無慈悲に、国境を警備する兵に追い返されただけだ。
 乾燥地帯であるが故、どの国も水は貴重だ。そして穀物も。
 神と聖女をまさに追放し、王族までも滅ぼした恐ろしい民を、何処の誰が信じることができよう。
 
 施しを与えれば、もっと差し出せと、穀物庫を襲撃されるかもしれない。水を与えれば、井戸が涸れるほどに水を汲むに違いない。
 一夜の宿を貸せば、金品を強奪されるかもしれない。
 与えられて当たり前。もっと寄越せと暴力を振るわれる可能性がある。

 飢えて渇き、一歩進めばくずおれる程に弱り切っているからこそ、イルデラの民は放置されているのだ。
 
 口にできる物は、砂漠に棲むトカゲと虫。
 焼いたトカゲを毟りながら、民の男が運河の跡を眺めていた。
 
 かつて清らかな水が滔々と流れていた運河は、今はただ風に吹かれた砂が積もり、その中に乾ききった骸がいくつも倒れている。

 手紙の主は、その男に話しかけられたそうだ。

――王太子を殺せば、全てが解決すると思っていた。乙女が憎んでいるであろう王太子さえいなくなればと、考えていた。
 誰かに責任をなすりつけていられた間は、まだ幸せだったのだ。

――彼女が我々の幸福を願ってくれていたのに、我々は彼女の幸福を一度として願ったことがなかった。我らはなんと愚劣で傲慢だったのだろう。

 彼が今日も生き永らえているのかどうか、それは分からない。
 ただ日々干からびていく仲間を、見送る事しかできないのだ。
 自分が最後の一人になる恐怖と共に。

 果てない砂漠が夜に包まれる時。その寒さに、体力のない者からたおれていく。
 そして不可視の砂漠に存在する人間は、自分しかいなくなる。最後の民もまた見えぬ者として、どの国からも見捨てられるのだから。
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