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24、咲き誇る薔薇の花
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潮の匂いの風が吹き、アルベティーナが手にしていた便箋がひらりと攫われる。
便箋は生い茂った草の上に落ちた。
「申し訳ありません」と謝りながら、大事な手紙を拾った時。アルベティーナは、薄紅色の美しい花が咲いているのを見つけた。
中央の蕊を囲むように、淡く優しい色の花弁が幾重にも重なっている。
しかもその花は、一面に咲いているのだ。空気そのものが甘い香気を含んでいるようだ。
花に触れようとすると、突然イザークに手首を掴まれた。
「茎に棘がある。怪我をするぞ」
「本当。でも、とてもいい香りの花ね」
「なんか、見たことがある気がするな。この花」
「そう?」
アルベティーナが見上げると、イザークは首を傾げた。
「どこだったかなぁ」と顎に手を当てて考えながら。何かが閃いたように顔を輝かせた。
どうやら花の名前も何処で見たかも分かっているようなのに、含み笑いをするばかりで、一向に教えてくれる気配がない。
アルベティーナが教えてほしいと訴えると「夜にな」なんて、意味深な返事をされてしまう。
「ああ、それ。薔薇ですよ」
「なんで答えを先に言うんだ」
イザークは、豪農の一人に食ってかかった。
「おお怖い、怖い。さすがはイザークさまだ」と身をすくめながらも、彼の顔は笑っている。
「これが薔薇なのね」
アルベティーナは甘い香りを放つ花に触れた。
花弁が薄いので、そっと触れないと破れてしまいそうだ。なのに指先に感じるのはしなやかな滑らかさだ。
「薔薇は虫に弱いらしいんですが。ここは害虫がいないのかもしれませんな」
「綺麗な花ですね」
まさか薔薇の実物を見ることが叶うなんて。
ふと、アルベティーナは思いついた。ナツメヤシの種は、ようやく苗となり生長しているが、実がなるにはまだまだ何年もかかる。
「持ってきたナツメヤシの実って、お酒にしているんですよね」
「ええ、そうですよ。醸造しているところなんで、そろそろ蒸留器を作らんとねぇ」
「じゃあ、この薔薇もたくさん栽培して精油が採れないかしら」
アルベティーナの申し出に、豪農の一人は目を丸くした。そういえば、神殿に奉納している品に、花の精油があったような、という表情だ。
「神殿で祭祀がある時に、精油を用いていたんです。薄めれば、香水にならないかしら」
「それは、いいですね」と、豪農は手を打った。
「清らかな乙女が摘みし薔薇香水。これは売れますよ」
「もう清らかじゃないと思うけどなぁ」
イザークの口を、またアルベティーナが両手で塞ぐ。
「あまり香水を作りすぎても駄目よね。数が多いと希少性がなくなるもの」
「もごもご」
「個数を限定して『この島でしか採れない貴重な薔薇です』って謳い文句にすればいいかしら」
「そりゃあ『朝露が降りる前の薔薇を、薔薇乙女が摘みました』ってのが、いいですなぁ」
「もがもが」
本気を出せばアルベティーナの手など、簡単に外せるのに。彼女に傷をつけたくなくて、イザークはされるがままになっている。
惚れた方が弱いんだよな、と諦めながら。
アルベティーナ自身は知らぬことであったが。初代の冬の乙女のように、彼女にもまた商才があった。
こうして一つの島で産業が興り、一つの王国は滅亡した。
二千年の永きに渡る国も、亡びる時は刹那だ。ただ一滴の雨を待ちわびながら、かつて繁栄した祖国を思う人々は、今も砂漠を彷徨い続けている。
王国の跡には、ただ今日も乾いた風が吹き砂が舞うだけだ。ここに緑あふれる王国があったことは、いずれ忘れ去られる。
----------------------------------------
本編完
次話より、裏の視点からの内容となります。
便箋は生い茂った草の上に落ちた。
「申し訳ありません」と謝りながら、大事な手紙を拾った時。アルベティーナは、薄紅色の美しい花が咲いているのを見つけた。
中央の蕊を囲むように、淡く優しい色の花弁が幾重にも重なっている。
しかもその花は、一面に咲いているのだ。空気そのものが甘い香気を含んでいるようだ。
花に触れようとすると、突然イザークに手首を掴まれた。
「茎に棘がある。怪我をするぞ」
「本当。でも、とてもいい香りの花ね」
「なんか、見たことがある気がするな。この花」
「そう?」
アルベティーナが見上げると、イザークは首を傾げた。
「どこだったかなぁ」と顎に手を当てて考えながら。何かが閃いたように顔を輝かせた。
どうやら花の名前も何処で見たかも分かっているようなのに、含み笑いをするばかりで、一向に教えてくれる気配がない。
アルベティーナが教えてほしいと訴えると「夜にな」なんて、意味深な返事をされてしまう。
「ああ、それ。薔薇ですよ」
「なんで答えを先に言うんだ」
イザークは、豪農の一人に食ってかかった。
「おお怖い、怖い。さすがはイザークさまだ」と身をすくめながらも、彼の顔は笑っている。
「これが薔薇なのね」
アルベティーナは甘い香りを放つ花に触れた。
花弁が薄いので、そっと触れないと破れてしまいそうだ。なのに指先に感じるのはしなやかな滑らかさだ。
「薔薇は虫に弱いらしいんですが。ここは害虫がいないのかもしれませんな」
「綺麗な花ですね」
まさか薔薇の実物を見ることが叶うなんて。
ふと、アルベティーナは思いついた。ナツメヤシの種は、ようやく苗となり生長しているが、実がなるにはまだまだ何年もかかる。
「持ってきたナツメヤシの実って、お酒にしているんですよね」
「ええ、そうですよ。醸造しているところなんで、そろそろ蒸留器を作らんとねぇ」
「じゃあ、この薔薇もたくさん栽培して精油が採れないかしら」
アルベティーナの申し出に、豪農の一人は目を丸くした。そういえば、神殿に奉納している品に、花の精油があったような、という表情だ。
「神殿で祭祀がある時に、精油を用いていたんです。薄めれば、香水にならないかしら」
「それは、いいですね」と、豪農は手を打った。
「清らかな乙女が摘みし薔薇香水。これは売れますよ」
「もう清らかじゃないと思うけどなぁ」
イザークの口を、またアルベティーナが両手で塞ぐ。
「あまり香水を作りすぎても駄目よね。数が多いと希少性がなくなるもの」
「もごもご」
「個数を限定して『この島でしか採れない貴重な薔薇です』って謳い文句にすればいいかしら」
「そりゃあ『朝露が降りる前の薔薇を、薔薇乙女が摘みました』ってのが、いいですなぁ」
「もがもが」
本気を出せばアルベティーナの手など、簡単に外せるのに。彼女に傷をつけたくなくて、イザークはされるがままになっている。
惚れた方が弱いんだよな、と諦めながら。
アルベティーナ自身は知らぬことであったが。初代の冬の乙女のように、彼女にもまた商才があった。
こうして一つの島で産業が興り、一つの王国は滅亡した。
二千年の永きに渡る国も、亡びる時は刹那だ。ただ一滴の雨を待ちわびながら、かつて繁栄した祖国を思う人々は、今も砂漠を彷徨い続けている。
王国の跡には、ただ今日も乾いた風が吹き砂が舞うだけだ。ここに緑あふれる王国があったことは、いずれ忘れ去られる。
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本編完
次話より、裏の視点からの内容となります。
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