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14、見限る決意

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 イザークは宣言通り、アルベティーナにキスを続けた。唇にも頬にも、ひたいにも。

「縄の痕が残るのは悔しいものだな」と囁きながら。

「は、恥ずかしい……の。それに、こんなことをしている場合では……」
「恥じらう姿も愛らしいな。だがまぁ、長居は無用か。行くぞ、アルベティーナ」

「どこへ?」と問いかけることはできなかった。行く当てなどないのだから。
 けれどイザークは飄々とした表情で、アルベティーナを抱き上げる。彼といたので、すでに濡れた服は乾いていた。
 
「しっかりとしがみついていろよ」と命じられるままに、アルベティーナはイザークに抱きついていた。
 イザークはその状態で、氷壁に片手をつける。

「おい、パドマ。上にいるんだろ。皆を避難させろ。今すぐにだ」
「は、はい」

 遠くからパドマの返事が聞こえる。
 徐々にイザークの手が、そして指が氷壁に食い込んでいく。
 氷壁から湯気が立っているのは、かなりの高温になっているからだろう。

「アルベティーナ。耳を塞いでおけ。氷壁に反響して鼓膜が破れるかもしれない」

 アルベティーナは両手で耳を押さえた。刹那、轟音が響いた。しかも狭い氷河の裂け目の中だ。耳を塞いでいても、鼓膜が振動して痛みを覚える。

 氷河の一部が、ガラガラと激しい音を立てて崩れていく。大量の蒸気が、辺りに満ちた。
 そして氷は大量の水とまじりあって、山の斜面を下っていった。
 その土砂の流れを、眺める一団がいた。

「怖いですね。さすがは炎熱の王でいらっしゃる」
「非常事態とはいえ、お初にお目にかかれて光栄です」

 地面に膝をついて敬意を払ったのは、神官達ではない。いつも神殿に寄進してくれる豪農達。つまり、ナツメヤシの農場と交易で財を成した者だ。
 ブルーノ逹はすでに山を降り、神官も神殿に戻ったようだ。

「俺とアルベティーナはこの国を見限るぞ。お前達は、それでも手を貸してくれるのか」
「無論です。我らが栄えることができたのは、炎熱の王と冬の乙女のお陰。種さえあれば、どこでもやり直すことができます」

「そうか」とイザークは頷いた。そして「よかったな、お前を信じる者もちゃんといるのだ」とアルベティーナに囁いた。

「遠くない未来に、この国は滅びるでしょうな。アルベティーナさまと炎熱の王が不在となれば、すぐに運河の水は涸れます。わしらのナツメヤシも、じきに枯れるでしょう。それは名残惜しいですが。まぁ、何千本という木を掘り起こしていくことはできませんからな」

「それに」と豪農の一人は口の端を歪めた。

「果実はすでに全て収穫して、運河の船に積んであります。うちらの農場で働く農夫は隣国からの出稼ぎの者なので、ついでに国に送り届けます」
「彼らが内乱に巻き込まれてはいけませんからな。それにイルデラ王国の現状も周辺国に伝えてもらわんと」

「さよう。難民となったイルデラの民に手を差し伸べるかもしれませんし。乙女に恩義を感じぬ奴らは、助けてくれた周辺国をも脅かす存在になりかねません」

 豪農達は互いに顔を見合わせて、頷き合っている。

「アルベティーナさま。よくぞご無事で」
「パドマ」
 
 駆け寄ってくるパドマを、アルベティーナは受け止めた。ほぼ突進だったので、二人して地面に倒れてしまったが。そんなアルベティーナ達を、イザークは呆れたように眺めている。

「大丈夫? パドマ。危険な目に遭わなかった?」
「それはアルベティーナさまの方です。もう、死んでしまわれるかと……」

 嗚咽を洩らすパドマを、アルベティーナは抱きしめた。
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