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9、陥れられた

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 なぜ自分はこんな目に遭っているのだろう。
 アルベティーナは理解できなかった。
 両手は後ろ手に縄で縛られ、早く歩くようにとブルーノの護衛に鞘に入った剣で背中を小突かれる。

 寝間着だけは「見苦しい」と罵られながらも、服に着替えたが。
 金の豊かな髪はまとめることもなく、背中に垂らしたままだ。

 靴も履かぬ素足のまま、アルベティーナは神殿の外へ連れ出された。
 遥か眼下には赤っぽい砂漠と、緑のオアシス。国土の大半が砂漠であるイルデラ王国では、人が住めるのはその小さなオアシスだけだ。

 なんて小さな国、とアルベティーナは思った。代々の冬の乙女が作りし氷河と、それを適度に融かす炎熱の王の力。そのどちらかが欠けても、イルデラは簡単に滅びるだろう。

 いや、イザークが力の加減をしなければ、氷河すらも一瞬で蒸発してしまうに違いない。
 荒ぶる神を鎮める冬の乙女がいるからこそ、全ての均衡が保たれているのだ。

「殿下。どうか御慈悲を。アルベティーナさまは、病み上がりなのです」

 パドマは必死で食い下がるが、ブルーノは彼女の肩を突き飛ばした。

「わたしの侍女に、何をなさるのです!」

 倒れたパドマを、腕の使えぬアルベティーナは自分の体で支えるが、それもブルーノは気に入らぬようだ。地面にしゃがんだアルベティーナの太腿を、あろうことか踏みつけた。

「侍女を庇うとは、お優しいことだな。この偽善者め。いくら善人ぶろうとも、お前がサフィアにしたことは帳消しにはならぬ」
「殿下は、わたしが寝込んでいたと理解なさったはずです。山を下りて歌劇場に行くなど有り得ないとお分かりでしょう?」

「知るか、そんなこと」と、王太子とは到底思えぬ乱暴な口調で、吐き捨てた。

 ああ、真実などどうでもいいのだ。たとえ整合性がとれずとも、矛盾があろうとも、殿下は自分が望んだ結論にしか興味がない。

 だから何を言っても無駄だ。
 アルベティーナはため息をついた。
 それは落胆ではなく、先ほどまで婚約者であった相手に対する諦観でもなく、これからの自分の決断に対してだった。

「聞こえて? イザーク」

 雪交じりの風にかき消されるほどの小さな声で、アルベティーナは呼びかけた。
 今から自分は、ありもしない罪で罰を与えられる。
 運よく助かることができれば、もうこの国を自分が支える理由はない。
 
 そう、独断で婚約を決めた王と身勝手な王太子で何とかすればいい。お偉い方々なのだから、旱魃でも何でも乗り越えられるでしょう?

 王太子に命じられた護衛が、アルベティーナをパドマから引き剥がし、神殿近くの氷河まで歩かせる。
 寒さは一層厳しくなり、素肌の足裏は凍えそうだ。横殴りになった風が、アルベティーナの髪を千々に乱れさせた。

「いい見世物だな、アルベティーナ。サフィアは階段から突き落とされ、恐怖を味わった。お前にも同じ苦しみを負わせてやる」

「やれ」とブルーノに命じられた護衛は、氷河の裂け目にアルベティーナを突き落とした。
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